★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

熱球通信は、NPO法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログで、記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等は一切不要です。、更新頻度は原則毎日ですが、秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していますので、内容等一部については地元情報より遅れる場合があります。練習試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

育成功労賞

日刊スポーツ / プロ入り前の落合博満氏、秋田工硬式野球部の監督候補だった。

e53f75cf-s20年以上にわたり高校野球の育成と発展に貢献した指導者に対し、日本高校野球連盟などから贈られる 「育成功労賞」 の表彰式が8月15日、大阪市内のホテルで行われた。東北地区からは6人が選ばれ、秋田工と男鹿工で30年、監督を務めた加藤秀夫さん (64) が同地区代表で出席した。当初は甲子園で第1試合終了後に行われる予定が台風の影響で中止となり、「教え子たちもお祝いに来てくれる予定だったので、できれば甲子園でもらいたかった」。それでも 「自分は野球しかやってこなかった。こんな素晴らしい賞をもらって本当にうれしい。これからも秋田の野球に尽力したい」 と喜びを口にした。秋田工を卒業後、母校のコーチを務めていた79年、当時の県高野連理事長だった安藤晃部長 (故人) から監督を打診された。「1学年先輩で東芝府中にいた落合さん (博満、元中日監督) がいいですよ、って断ったんだけどね。 『落合はもっと大きいところでやる男だ』 と言われちゃってさ」。甲子園出場はかなわなかったが 「1回戦で負けても思い出は一緒。つらいと思ったことは1度もない。毎日グラウンドに行くのが楽しみで仕方がなかった」 と情熱の指導を続けてきた。12年夏を最後に退任したが、今でも多くの教え子が加藤さんを慕ってくる。東北地区からは青森・石岡和広さん (故人=元弘前監督)、岩手・高野尚介さん (73=元岩谷堂監督)、山形・坂本浩二さん (58=現谷地監督)、宮城・一條博之さん (63=元仙台商軟式部長)、福島・作山博邦さん (71=元富岡川内監督)も選ばれた。【野上伸悟】

令和元年度日本高野連育成功労賞選出/ 加藤秀夫 元秋田工・男鹿工監督(64)。

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BALL PARK AKITA / 秋田工と男鹿工の監督を30年間務めた 加藤秀夫 さん。

-第101回大会開会式始球式担当-
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/ASM784CFFM78UBUB00B.html
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BALL PARK AKITA / 秋田工と男鹿工の監督を30年間務めた 加藤秀夫 さん。

令和元年度日本高野連育成功労賞選出
詳細は <
BALL PARK AKITA> にて
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BALL PARK AKITA より転載 (画像 / 加藤さん提供)
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小野平さん(元市立能代商業野球部監督)日本高野連育成・功労賞受賞を祝う会。

2/23(土)能代市 「魚松」 / 発起人中嶋健志昭和60年度主将
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日本高野連 「2011育成功労賞」 秋田県から元秋田県高野連会長 津谷正俊氏。

ikus花館クラブ石川堅治監督(元大曲農野球部監督)平成30年第40回秋田県500歳野球大会を目前に控えた9月14日急逝。【2011.7.14】日本高野連は、野球部の責任教師や監督として指導、育成に通算20年以上にわたり貢献した 「育成功労賞」 の平成23年度の表彰者49人を発表。秋田県からは元秋田県高野連会長 (平成17年4月から2年間) 津谷正俊氏 (元鷹巣農林監督) が選ばれた。教え子に現日本ハム中嶋聡コーチ兼任捕手[秋田県高野連表彰監督] 熊谷隆益氏(秋田商校長として甲子園出場、横手高監督時代の教え子に竹林宏NHKスポーツアナウンサー。[秋田県高野連表彰審判員] 加賀光也、塚本康次、菅原一樹、佐藤敏弘の各氏。【2010.7.15】日本高野連は、高校野球の育成と指導に永年従事し顕著な功労があった指導者を表彰する 「育成功労賞」 の受賞者を決定し、秋田県からは佐々信雄氏が受賞。同氏は、横手高から日本体育大学進学 (担当教科保健体育)、長く増田監督を務め (平成2年まで)、平成4年の湯沢を挟んで平成6年から平成15年まで横手工で野球部の指導にあたる。平成8、9年当時、御子息佐々仁監督 (雄物川) との親子監督で度々マスコミで紹介。[秋田県高野連表彰監督] 石川堅治氏は今年大曲農退職。[秋田県高野連表彰審判員] 柴田仁志、松田耕治、佐藤奥之、小田長久喜、伊藤雄二、藤原秀樹、佐藤恒の各氏。【2007.6.15】日本高野連は、「育成功労賞」 48人発表。秋田県からは旧秋田市立 (現秋田中央) を3度の甲子園に導いた塚田丈也氏 (63) が選ばれた。同賞は野球部で20年以上指導し、育成と発展に功績のあった部長や監督を表彰する。【2006.7.13】 高校野球選手の指導に尽くした人に日本高校野球連盟と朝日新聞社が贈る平成18年度の育成功労賞に秋田経法大監督 三浦第三氏(65、大館商、秋田商、大曲農監督)が選ばれた。

古豪鎌倉学園高校を32年間指導 武田隆さん(早稲田大-能代44期-東能代)。

takeda第100回全国高校野球選手権記念大会南神奈川大会準決勝、鎌倉学園が横浜創学館に5-4で競り勝ち、決勝進出、スタンドは歴代OBで埋まった。ベイスターズなどでプレーした若田部健一さんとともに1987年夏に神奈川4強入りした二塁手の岩田光徳さん (49) は 「今までで一番甲子園に近い代。鎌学の“K”の重みを背負って必ず行ってくれるはず」 と期待を込めた。88年夏の決勝を指揮した元監督の武田隆教頭 (62) は 「30年は長かった。素直にうれしい」 と自らの労苦も重ねて喜んだ。夏初制覇への6度目の挑戦に向け 「優勝と準優勝では天と地の差。自分は地獄を味わった。何としても勝ってほしい」 と思いを託した。【2018.4.26】神奈川新聞 高校野球連載 「鎌倉学園最強世代」。http://www.kanaloco.jp/  【2011.7.07、朝日新聞神奈川版】日本高野連と朝日新聞社が高校野球の発展に貢献した指導者を表彰する 「育成功労賞」 に県内から鎌倉学園の前監督、武田隆さん(55) が選ばれた。元プロ野球・ダイエーの若田部健一投手らを育てた名監督だ。10日の神奈川大会開会式で表彰される。 早大を卒業した1978年に赴任してから09年10月まで同校一筋で指導した武田さん。受賞に 「名誉なこと。長く指導したのを評価してもらえたのかな」 とはにかんだ。 赴任時、部員はたった15人。古豪はどん底に落ちていた。「まさにゼロからのスタートだった」  青年監督はスパルタ式の練習で選手を鍛えた。「思い返すとめちゃくちゃだったが、選手がよくついてきてくれた」。成果は着実に表れ、2年目は16強、3年目は4強に進出。常に強豪の一角として神奈川の高校野球を盛り上げた。 長い監督生活で、忘れられない試合が二つある。 一つは若田部投手を擁して臨んだ87年夏の準決勝。相手は前年の覇者、横浜商だった。「若田部は制球も球速も抜群だったから、外角の出し入れだけで抑えられた。そこをY校が読み、外角を狙って踏み込んできた」。序盤の6失点を追いつけず敗退。神奈川の厳しさを思い知った。 もう1試合は翌88年夏の決勝。エースの指のマメがつぶれ、法政二に打ち込まれて敗戦した。「初戦からエースを使い続けた僕は、度胸がなかったんだね」。決勝に1度、準決勝に3度導きながら、甲子園出場はついにかなわなかった。「もう一度できるなら、あの2試合をしたいよ」 「言い訳、泣き言、人のせい、この三つは絶対ダメ」と厳しい指導を貫いた。厳しさの中に温かさがあると信じてきた。事実、厳しく接した子ほど、卒業後も訪ねてきてくれた。 その信念が数年前から揺らいできた。「僕のエネルギーがなくなったのか、生徒の気質が変わったのか」。折しも教え子3人が教員として学校に戻ってきた。「引き際だ」 と09年秋の県大会4強進出を花道に監督から退いた。 今は本業の体育教師の傍ら、鎌倉学園中学の野球部を指導する。高校生を鍛え上げた昔と違い、野球を楽しめるよう心がける。「おじいちゃんが孫を教えているようなものだから」。やさしいまなざしでつぶやいた。「この子たちが高校野球で活躍するのが楽しみなんだよ」。(安富崇)

尾形徳昭前理事長功労者表彰/ 2012(平成24年度)秋田県高校野球連盟役員。

kou尾形徳昭前理事長(55、2011年度から5年間理事長)日本高校野球連盟功労者表彰。現在由利教頭、先の春季中央地区大会で子息在部の秋田と対戦し勝利。・昭和55年春季秋田県大会秋田高校登録選手 [投]佐藤達(3、大曲、177/72)、[捕]○尾形徳昭(3、秋田西)、[一]小野曜(3、八郎潟)、[三]高橋誠(2、秋田西)、[三]石井浩郎(1、八郎潟)、[遊]猿田和三(2、豊岩)、[左]伊藤幸憲(3、秋田北)、[中]佐藤誠(3、船川)、菅原浩一(3、羽城)、佐藤清(3、戸賀)、山影豊(3、下北手)、石井浩次(2、雄和)、桑原透(1、山王)、佐々木誠(1、羽城)、門間兵悦(3、井川)、小野義人(3、秋田西)、稲垣寿(2、秋田西)、[部]竹内一朔、[監]大久保正樹、[記]石川誠。 【2012.4.01】<会長> 伊藤耕生(金足農)、<副会長> 伊藤知到(能代西)、宮崎悟(秋田中央)、大澤博一(横手城南)、<常任理事> 尾形徳昭(金足農、理事長)、工藤雅文(秋田中央、副理事長)、三浦寿哉(男鹿工)、船山毅(秋田商)、佐藤理知(仁賀保)、佐藤和行(花輪)、庄司潤一(大館工)、土濃塚寿史(秋田北鷹)、銭谷芳忠(能代西)、渋谷知(角館)、鵜沢明(六郷)、萩原亨(横手城南)、栗林幸悦(湯沢)、<事務局長> 久米信彦(金足農)、<監事> 山田晋(秋田)、須田和仁(由利工)、<軟式、部会長> 佐々木正一、<軟式、副部会長> 吉原慎一(本荘)、<軟式、理事長>平田有宏(能代)、<軟式、常任理事> 船山聡(能代工)、澁谷明人(秋田)、田中孝志(秋田商)、原田誠(秋田工)、菅原晴彦(本荘)。

甲子園4強進出 / 秋田県立金足農業高等学校野球部歴代監督 (昭和51年~)。

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昭和21年~33年 岩谷文雄監督  http://kanano-baseball.com/ 
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<日本高校野球連盟育成功労賞> 高橋典雄氏 (元 横手、湯沢、六郷 監督) 受賞。

20131023-tyouzyou150-220平成29年度日本高校野球連盟育成功労賞受賞、現在秋田修英教頭。【2013.11.04】横手、湯沢、六郷の監督を歴任した高橋典雄氏(61)が37年間監督やコーチ、教育専門監として高校野球を指導してきた集大成として 「頂上を目指して~男になれ~」(300部、イズミヤ出版、税込1,260円)出版。<内容紹介> 『高校野球はある種の「熱病」だ。人の身体に住みつき離れない。しかも毎夏「発病」する、それも各地で』 秋田県南高校教師高橋典雄が贈る高校野球の全て。1.現場からの声。先輩の指導から学ぶ、2. 強豪校ではどのような練習をしているか、智辯和歌山、大垣日大、花巻東、聖光学院、一関一、3. 野球とベースボール、大リーグ、4.選手の心をつかむコーチング、5. 伝統とは何か・言葉の力、6.教育専門監が行く、7.甲子園とは……、8. 500歳野球は奥が深い、9.青雲龍志の旗印。http://shop.izumiya-p.com/?pid=65659666  <甲子園秋田大会決勝進出 平成15年夏 湯沢 登録選手> [投]柿崎守(3、十文字西)、[捕]田口真穂(3、羽後)、[一]○桐田良平(3、雄勝)、[二]佐々木康栄(2、羽後)、[三]松田達也(3、湯沢北)、[遊]佐藤博亮(3、湯沢北)、[左]佐藤一馬(3、鳥海)、[中]佐藤大貴(2、雄勝)、[右]岸直樹(3、湯沢北)、高橋広希(3、湯沢北)、黒政晋太郎(3、羽後)、佐藤和仁(3、十文字西)、佐々木明(3、大森)、鈴木唯志(3、大雄)、高山望(3、雄物川)、藤原雅人(2、羽後)、佐藤寿矢(3、稲川)、大井雄(3、稲川)、斉藤孝仁(2、湯沢南)小野寺康(1、三輪)、[責]佐藤勝彦、[監]高橋典雄、[記]佐藤淳(3、湯沢南)。

<日本高野連育成功労賞> 熊谷隆益氏 (65、元秋田南、由利工、横手監督) 受賞。

平成28年度日本高野連育成功労賞 熊谷隆益氏 NHK竹林アナ指導
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<日本高野連育成功労賞> 熊谷隆益氏 (65、元秋田南、由利工、横手監督) 受賞。

kumagai<朝日新聞> 文武両道、球児育て26年 育成功労賞の熊谷さん。日本高校野球連盟と朝日新聞社は、高校野球の発展と選手の育成に尽くした指導者を表彰する 「育成功労賞」 に、秋田南(秋田市)野球部元監督の熊谷隆益(たかえき)さん(65)を選んだ。監督として25年間、責任教師として1年間、「文武両道」 を掲げて指導にあたった。高校時代は、秋田南の投手。「当時は野球だけやっていて、何も考えていなかった」 と話す。最後の夏は、準決勝で敗退した。恩師の影響で高校教師を目指そうと、そこから勉学に励んだ。「監督として、甲子園を目指したかった」 非常勤などを経て、1975年から横手(横手市)に赴任し、野球部監督としての道を歩み始めた。同校は、甲子園出場経験もある文武両道の伝統校だ。「勉強もしながら、強くならないといけない」 と考えさせられたという。勉強の時間を確保するため、練習は遅くても午後7時で切り上げた。ただし、グラウンドに入ったら全力で練習に取り組むようにと、強く求めた。「文武両道」の根底には、「純粋に野球が好きな子どもたちなので、野球が将来の糧になれば」という願いがある。野球の技術を謙虚に学ぶこと。自分なりに考えて練習すること。気付きを積極的にプレーに生かすこと。社会人の基本にもなる「謙虚に学ぶ姿勢」「常に考える習慣」「積極果敢な行動」を、野球を通じて身につけてほしいと考えている。教え子たちは、医者やアナウンサー、学者など、各界で活躍している。「怖かった」と言われることが多く、「もう少し余裕を持ってやっていればとか、反省の方が多いです」 と笑う。それだけ真剣に向き合ってきた。「教え子たちが、『あいつが監督だった』と胸を張って言える人間でありたいと、死ぬまで責任を感じる」横 手での8年間の勤務の後、由利工を経て、最後は母校・秋田南でも監督を務めたが、準決勝での3回の敗退が最高成績。目標だった、甲子園の土は踏めなかった。でも、思う。「生まれ変わっても、監督をやりたい」 表彰式は7月12日、こまちスタジアム(秋田市)である第98回全国高校野球選手権秋田大会の開会式に先立って行われる。(石川春菜)

<日本高野連育成功労賞> 若松清幸氏(67、元大館鳳鳴、大館工監督)が受賞。

wakamatsuwakamatsu日本高野連育成功労賞受賞若松清幸氏(67)の受賞を祝う会がロイヤルホテル大館で開催、母校の大館鳳鳴で通算16年、大館工で8年、旧大館南(現・大館)で7年の監督経験、鳳鳴部長としての1年を合わせて32年間の指導歴。【2015.8.15】1979(昭和54年)5月27日、第27回春季高校野球秋田県大会で大館鳳鳴が秋田商との決勝戦を3-1(延長13回)で制して初優勝。大館鳳鳴バッテリー / 吉原忠敏-斎藤義浩、秋田商バッテリー / 高山郁夫、安保浩幸-佐藤文信。この頃の大館鳳鳴ヘルメットはWASEDAカラーエンジ色。<大館鳳鳴先発選手>[中]滝沢竜明(3)、[遊]吉田茂雄(3)、[右]嶋善茂(3)、[捕]斎藤義浩(3)、[一]○大越和人(3)、[三]小林博隆(2)、[左]田勝広(2)、[投]吉原忠敏(3)、[二]奥村昌樹(2)、佐藤和明(3)、福士隆(3)、岡倫之(3)、富樫勝浩(3)、佐藤光博(3)、武藤裕喜(2)、桝屋隆二(2)、伊藤英規(2)、[責]松江長成、[監]若松清幸、[記]佐藤智(2)。
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