★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

熱球通信は、NPO法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログで、記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等は一切不要です。、更新頻度は原則毎日ですが、秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していますので、内容等一部については地元情報より遅れる場合があります。練習試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

監督推移

令和2年度 日本高校野球連盟育成功労賞 / 元 合川高校監督 桜田義信さん(66)

gino日本高校野球連盟と朝日新聞社は、高校野球の育成と発展に尽くした指導者を表彰する「育成功労賞」の受賞者49人を決め、6月26日発表した。野球部長として八戸(青森)を甲子園出場へ導いた中里郁男さん、創部1年余の遊学館(石川)を夏初出場で8強に進出させた監督の山本雅弘さん、川之江、今治西、小松の愛媛県立3校を甲子園へ導いた監督の宇佐美秀文さん、監督として唐津西(佐賀)、佐賀東を率いて甲子園に出場した吉丸信さんらが選ばれた。対象は、野球部(軟式を含む)の監督か部長を原則として20年以上務めた指導者。各都道府県高野連の推薦を受けて選出した(北海道、東京は2人ずつ)。福島、東京、石川、和歌山、広島、高知、佐賀の計8人は来年8月の全国高校野球選手権大会に招待され、阪神甲子園球場で紹介される。受賞者は次のみなさん。北海道 船越広幸(61、帯広工)、工藤高司(62、札幌東)▽青森 中里郁男(68、大湊)▽岩手 川村和志(62、宮古工)▽秋田 桜田義信(66、合川)▽山形 氏家光彦(59、山形商)▽宮城 佐藤政信(65、鹿島台商)▽福島 関川博巳(66、福島東)▽茨城 一ノ戸雅弘(60、波崎柳川)▽栃木 実島範朗(61、国学院栃木)▽群馬 大須賀誠一(61、前橋南)▽埼玉 大内洋八州(ひろやす)(58、杉戸)▽山梨 荒井和夫(69、日大明誠)▽千葉 川俣幸一(61、志学館)▽東京 市原勝人(55、二松学舎大付)、渡部静夫(71、調布北)▽神奈川 金沢哲男(62、横浜商大)▽長野 福沢一洋(60、辰野)▽新潟 佐藤康広(62、中条)▽富山 杉森清文(56、砺波)▽石川 山本雅弘(69、遊学館)▽福井 山田栄司(59、勝山)▽静岡 荒浪和彦(58、袋井)▽愛知 竹治玄造(59、愛産大三河)▽岐阜 石榑(いしぐれ)淳(59、県岐阜商)▽三重 田中龍男(67、明野)▽滋賀 井上充也(62、彦根翔西館)▽京都 井口浩己(66、堀川)▽奈良 百合幸二郎(59、高取国際)▽和歌山 中村尚登(65、県和歌山商)▽大阪 和田充司(60、茨木)▽兵庫 神田進(66、津名)▽岡山 中山隆幸(59、岡山工)▽鳥取 北中晃由(45、倉吉西)▽広島 丸小俊一(63、基町)▽島根 唐島一将(60、出雲農林)▽山口 花田祐策(67、宇部高専)▽香川 多田博之(61、高瀬)▽愛媛 宇佐美秀文(62、小松)▽徳島 矢川雅英(54、穴吹)▽高知 橋田行弘(55、高知東工)▽福岡 金城清忠(63、祐誠=旧・久留米工大付)▽佐賀 吉丸信(65、北陵)▽長崎 下野研児(58、創成館)▽熊本 坂本道彦(54、多良木)▽大分 木村秀之(59、中津北)▽宮崎 西浦秋夫(69、日南工)▽鹿児島 森園正治(63、鹿屋)▽沖縄 盛根一美(68、中部商)(かっこ内は年齢と、野球部長または監督として現在もしくは最終在籍の高校)

甲子園大会出場5回 / 秋田県立秋田中央高等学校野球部歴代監督(昭和43年~)

~昭和42年 野中和郎 監督・工藤光夫 監督
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1982(昭和57年)4月 秋田市立→秋田県立

スポーツ報知 / 今春から湯沢高校で指揮を取る奈良省吾監督(秋田中央-秋田北)

nraスポーツ報知 / 今春から湯沢高野球部(秋田)で指揮を取る奈良省吾監督(24)が、自身の高校野球での悔しさをバネに、指導に励んでいる。社会人3年目。自身の高校野球は、記憶に新しいという。昨夏に甲子園出場を果たした秋田中央高出身の指揮官は、外野手として、2年秋まで4番を打つなどレギュラーだったが、3年時には控えとなった。「僕にとっての高校野球は、充実感よりも悔しさの方が大きい。その悔しさを選手に託す思いで、監督になりました」と明かした。湯沢高は、毎年100人前後が国公立大学に進学する。夏の甲子園が中止となり、野球に区切りをつけ勉強へシフトする選手が出ることも考えられたが、3年生全員が最後までやり切ることを決めた。「もともと野球に対して素直で謙虚な子たちだと思っていたけど、さらに強い意欲を感じましたね」。昨年度の県大会は、すべて地区予選初戦で敗退。「選手たちはまだ、勝つ喜びを知らない。一緒に味わいたい」と指揮官。自粛明けの5月末から練習試合を重ねる中で、「最初は守備が課題だったが、今は守備からリズムを作れるようにになってきた」と手応えもある。まずは代替大会で悲願の1勝を、全力でつかみに行く。(小山内彩希)

2020 令和2年春から湯沢高校で指揮を取る奈良省吾監督(秋田中央-秋田北)

newchuuou<平成25年 春季秋田市内リーグ 秋田中央 登録選手> [青山祥(3、八郎潟)、[捕]宇佐美太久(3、秋田北)、[一]佐田陵平(2、秋田北)、[二]高島将都(2、秋田西)、[三]工藤真(3、泉)、[遊]安田勝哉(3、秋田北)、[左]原田晃大(3、酒田三)、[中]鎌田朋芳(3、土崎)、[右]奈良省吾(3、右/右、177/76、秋田北)、景山康平(2、井川)、田口剣(2、勝平)、坂谷賢生(2、秋田北)、赤塚練(2、秋田北)、渡部勇貴(2、秋田北)、鈴木厚哉(2、秋田西)、熊谷涼佑(3、御所野学院)、○畠山達己(3、勝平)、今野圭佑(3、天王)、伊藤晃士(3、秋田東)、大和寛享(3、土崎)、[責]工藤雅文、[監]桑原康成、[記]松渕将成(3、城東)。

編集人も観戦/短かった昭和47年の夏 秋田-能代工 秋田高校3年 佐藤茂三塁手

2013年5月31日 朝日新聞デジタル高校野球
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平成25年5月 / 日本高野連地方大会功労者 前秋田県高野連理事長鎌田勝氏選出

日本高野連は2013(平成25年)5月30日、各都道府県高校野球連盟功労者に前秋田県高野連理事長 鎌田勝 秋田北高校副校長(湯沢商・新屋等の監督歴任、秋田高校2年時に三塁手で昭和48年夏甲子園大会出場、3年時は主将/投手登録で2年生山岡長英捕手とバッテリー、旧若美町払戸出身)氏を選出、同氏は秋田県高野連の理事長を2008年度から3年間務めた。功労者表彰は第45回大会から5年ごとの記念大会で実施され(各都道府県から1人選出)、表彰式は各地方大会の抽選会や開会式などで行われる。新屋監督時代に現在東京ヤクルトスワローズ藤田太陽投手(川鉄千葉、飯島)を指導。【2013.4.27】2013(平成25年度)秋田県高校野球連盟評議員・理事会が4月26日秋田市で開かれ、新会長に元県高野連理事長佐藤茂氏(金足農校長、東京教育大-秋田高、平鹿・横手・西仙北等の監督歴任)選出。※一部未確認【2008.5.30】日本高野連「地方大会功労者」に前秋田県高野連理事長佐藤茂選出。日本高野連は、第90回全国選手権大会に合わせて表彰する、地方大会の運営や高校野球の育成に10年以上にわたって尽力した「地方大会功労者」の47人を発表した。秋田県からは、県高野連の理事長を2002年度から6年間務めた佐藤茂氏が選ばれた。表彰は第45回大会から5年ごとの記念大会で実施され、各都道府県から1人ずつ選ぶ。表彰式は各地方大会の抽選会や開会式などで行われる。

平成3年夏 / 未勝利校を率いる 新屋 鎌田勝監督(秋田高校で甲子園出場、払戸)。

平成29年秋田県500歳野球大会/若美OB会(男鹿市)で4強進出
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2017平成29年春季秋田県大会 東北大会出場 公募就任輿石重弘監督采配的中

mei<スポーツ報知>春季高校野球秋田県大会準決勝、明桜7-1秋田修英(5月29日、こまちスタジアム)。秋田の準決勝が行われ、明桜が秋田修英を7-1で下し、2年連続19度目の東北大会出場を決めた。1点先行されて迎えた4回2死二、三塁に代打の岩崎晟吾(2年)が逆転適時打。守備では5回2死満塁のピンチを素早い投手交代で乗り切るなど、今春就任した輿石重弘監督(54)の采配が光った。指揮官の目に狂いはなかった。0-1で迎えた4回2死二、三塁。明桜の輿石監督が、先発の佐藤光一(3年)に代えて左打者の岩崎を代打に送った。相手は左投手だったが、「当てるのがうまい選手なのでいけると思った」 と読み通りに右翼前への逆転2点適時打が飛び出た。さらに岩崎は2球連続で盗塁を試み、三盗では相手の悪送球も誘って3点目をもぎ取った。殊勲の2年生は 「少し早い(出番)と思ったけど、結果を出せて良かった」 と胸を張った。5回からマウンドに立った曽谷龍平投手(2年)が5回2死から2つの四球などで満塁のピンチを作った。すると、輿石監督はすぐに右翼を守っていた山口航輔(2年)にスイッチ。プレッシャーのかかる場面に最速144キロの右腕は 「いいところで回ってきた」 と続く打者を一塁への邪飛に抑え、残る4イニングも2安打5三振で零封。最後は三振で締めて 「最後までいけると思ったし、楽しんで投げられた」 と笑った。インターネットなどの公募で、輿石監督は帝京三高(山梨)を離れ、今春から就任。監督が選手に浸透させているのは、感謝の気持ちとプラス思考だ。毎朝の練習前にはグラウンドで選手と腹式呼吸を行い、感謝の思いを口にしている。メンタルトレーニングの一種で 「技術より気持ち。そして言葉にすることで意識を高めることができる」 と精神面を強化してきた。甲子園春夏計13度出場の名門は、昨秋は地区予選で敗れたものの、今春の公式戦は8連勝と勢いを取り戻した。「選手はすごい力があるということを感じさせてくれた。県を勝って東北大会につなげたい」 と輿石監督。山梨では成し遂げられなかった甲子園の夢を新天地で叶えるため、目の前の一戦一戦を勝ち抜く。(遠藤洋之)

北鹿新聞 / 秋田県立大館鳳鳴高校野球部 山口智哉新監督(26、千葉大-大館鳳鳴)

- 令和2年4月29日 北鹿新聞 -
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ボールパーク秋田 / 大久保正樹 秋田県軟式野球連盟会長(元秋田高校野球部監督)

詳細は <ABALL PARK KITA> にて
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BALL PARK AKITA より転載 (画像/本人提供)
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1981昭和56年 第53回センバツ高校野球大会準々決勝 秋田経大付-印 旛

Full Count / 部員倍々増 廃部の窮地を救った十和田高校のSNS活用術

fullcount部員4人から倍々増 廃部の窮地を救った十和田高校野球部のSNS活用術 新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国の部活動が活動を制限されるなか、秋田県立十和田高校の野球部がSNSに投稿した部活動紹介動画が話題を集めている。発端は神居恵悟監督が廃部の危機に開設したツイッターアカウント。25歳の青年監督に野球部とSNSの在り方を訊いた。「もともとコロナとは関係なく、部員が4人まで減った2018年に、少ない人数でも工夫して練習している彼らの頑張りを何とか知ってもらえないかと考えアカウントを開設したんです。全国的に野球人口が減っているなか、地方の公立では高校野球と中学野球の接点って実は少ない。中学生は成績や家からの通いやすさで高校を決めることがほとんどで、せっかく入部してもギャップでやめてしまうことも少なくなかった。部活動も学校の魅力のひとつ。正しく情報発信していけたらと考えたのがきっかけです」高校野球の現場で度々聞かれる、シニアやボーイズとのパイプを使って中学生の有望株をスカウト、奨学金や寮費を免除するといった手法はあくまで一部の私立強豪校のもの。全国4000校の大多数を占める公立では、学力が見合っており、家から通える範囲の高校へ進学することが一般的だ。学校や指導者によって部活動への力の入れ方は様々。部活動最優先で進学先を決めた生徒でもなければ、入った学校に野球部がなかった、思っていたよりも本格的で練習についていけないといった “ミスマッチ” も少なくない。十和田高校野球部公式アカウントに、初めて動画を投稿したのは昨年1月。「Team Towada」を合言葉に地域の人たちとキャッチボールの輪を広げていく動画は地元を中心にジワジワと拡散、その効果あってか春には8人の部員が入部した。今年はどうしたらもっと魅力が伝わるかを選手に考えさせ、新入生向けの野球紹介動画を選手たちが企画。まだ入部期間中ながらすでに11人が入部の意思を示しており、なかには十和田の野球部に入りたいと学区を越えて近隣の大館市から入学を決めた生徒もいるという。「 編集は私がしていますが、企画や発案はすべて生徒によるもの。動画編集はまったくの初心者だったんですが、今は特別な機材も必要なくスマートフォン1つで撮影から編集までできるので、今後もどんどん発信していきたい 」と神居監督。強豪校では不祥事やトラブル防止の観点から選手のSNS使用そのものを禁止するところも多いが、「 あくまで私の個人的な考えですが 」と前置きした上で「 いろいろと情報が得やすい時代。日々生まれる便利なツールも、使ってみないと正しい使い方を覚えない。まずは我々大人が使ってみて、時には失敗して、そうして初めて正しい使い方を教えられるのではないでしょうか。自分たちもいわゆる『 デジタル音痴 』ですが、子どもと一緒に使って勉強していければ 」と野球部とSNSとの在り方を問う。世間は今まさにコロナ危機の真っただ中。都市部では秋田以上に行動が制限され、部活動がままならない地域も多い。十和田高の例がすぐにモデルケースとなるほど状況は単純ではないが、野球部とSNSの関係を考え直すひとつの契機にはなるかもしれない。佐藤佑輔 / Yusuke Sato

「ほうめい41」で詳報 / 大館鳳鳴高校で長年指導 齊藤広樹監督 由利高校へ異動

平成23年第83回センバツ大会 21世紀枠で大館鳳鳴高校甲子園初出場
就任1年目夏の秋田大会ベスト4、2年目2008年夏の秋田大会準優勝
https://blog.canpan.info/homei41/
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1991平成3年全国高校野球秋田大会1回戦 大曲農 湊谷秀樹投手(2、太田)

斎藤孝一監督(27)も全幅の信頼
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令和2年3月24日 / 秋田県教育委員会教職員異動速報(高校野球関係、順不同)

誤字・脱字訂正追加 迅速対応
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秋田県野球人名故人録 / 小窪敬一元秋田経法大付野球部監督(電電東北-仙台商)

3e89dbc6-sダルビッシュ有(Yu Darvish)投手のツイッターより。なんでも自由にやっているように思われていると思いますが、投手をやる上で大事にしていることが二つあります。1・ロジンを優しく扱うこと、投げたりしない。 2・グラブの紐は全て結ぶ。 1.は 秋田経法大附 (現明桜) の 小窪敬一元監督。 2.は PL学園元監督の中村順司監督に教えていただきました。【2007.12.31】元秋田経法大付野球部監督。平成17年12月19日心筋梗塞のため仙台市内の病院で死去、56歳。平成13年4月から秋田経法大付で指揮を執り、同年秋の東北大会 (岩手県、仙台育英優勝) で準優勝し、平成14年センバツに出場 (平成15年退任)。昭和42年仙台商のエースとして甲子園春夏連続出場、電電東北で都市対抗4度出場、仙台商の監督として昭和58年夏甲子園出場という輝かしい球歴。NTT東北の監督も約7年間務め多くの選手を育てた。秋田県関係では竹内昌也投手 (阪神-NTT東北-本荘-象潟)。平成18年11月、1周忌を機会にフルスタ宮城で追悼試合が行われた。<秋田経法大付甲子園先発選手> [二]佐藤茂樹(3、北陽)、[遊]千田祐成(3、八郎潟)、[中])○桑島知宏(3、光陽)、[捕]松田幸樹(3、湯沢北)、[左]高橋康太(3、河辺)、[投]平塚隆一(3、あいの里東)、[一]田村潤(3、比内)、[三]山内伸悟(3、大館東)、[右]山中慎太朗(3、横手南)、木村雄太(2、花輪二)、菅原圭介(2、羽城)、田中雄也(2、二ツ井)、福田卓(3、協和)、佐藤壮(3、西仙北東)、高橋拓也(3、山田)、阿部隆雄(2、能代二)、高橋純(1、塩釜一)、佐藤大(2、泉)、今野福太郎(1、本荘南)、堀内誠(3、田代)。

秋田県野球人名故人録 / 小窪敬一元秋田経法大付野球部監督(電電東北-仙台商)

平成17年12月19日心筋梗塞のため仙台市内の病院で死去、56歳
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日刊スポーツ紙 / プロ入り前の落合博満氏、秋田工硬式野球部の監督候補だった

e53f75cf-s野村監督だけじゃない! 「選手再生」が上手かった指揮官といえば?〈dot.〉<略> 野村克也監督には及ばずとも、他にも “再生” が上手かった監督はいる。まず初めに名前が挙がるのが、落合博満氏だろう。独自の観点から野球を見て、選手を “オレ流” で評価。中日監督就任1年目の2004年には、巨人で現役を引退してコーチ就任が一度は決まりながらも現役続行を宣言した川相昌弘を獲得。「一芸に秀でている選手を起用する」 という中で控え要員ながら存在感を見せ、サヨナラ打を2本放つなどの活躍で同年のリーグ優勝の大きな戦力となった。それから3年後の2007年には、オリックスを自由契約となった中村紀洋を入団テストの末に育成枠で獲得。そして開幕直前に支配下登録させると、開幕戦から起用して後半戦にはクリーンナップを任せるなど重用。前年、打率.232、12本塁打、45打点だった中村はこの年、最終的にシーズン130試合に出場して打率.293、20本塁打、79打点の成績を残して、中日のリーグ2位からの日本一に貢献。自身は日本シリーズMVPを獲得して見せた。【2019.8.21】20年以上にわたり高校野球の育成と発展に貢献した指導者に対し、日本高校野球連盟などから贈られる 「育成功労賞」 の表彰式が8月15日、大阪市内のホテルで行われた。東北地区からは6人が選ばれ、秋田工と男鹿工で30年、監督を務めた加藤秀夫さん (64) が同地区代表で出席した。当初は甲子園で第1試合終了後に行われる予定が台風の影響で中止となり、「教え子たちもお祝いに来てくれる予定だったので、できれば甲子園でもらいたかった」。それでも 「自分は野球しかやってこなかった。こんな素晴らしい賞をもらって本当にうれしい。これからも秋田の野球に尽力したい」 と喜びを口にした。秋田工を卒業後、母校のコーチを務めていた79年、当時の県高野連理事長だった安藤晃部長 (故人) から監督を打診された。「1学年先輩で東芝府中にいた落合さん (博満、元中日監督) がいいですよ、って断ったんだけどね。 『 落合はもっと大きいところでやる男だ 』 と言われちゃってさ」。甲子園出場はかなわなかったが 「1回戦で負けても思い出は一緒。つらいと思ったことは1度もない。毎日グラウンドに行くのが楽しみで仕方がなかった」 と情熱の指導を続けてきた。12年夏を最後に退任したが、今でも多くの教え子が加藤さんを慕ってくる。東北地区からは青森・石岡和広さん (故人=元弘前監督)、岩手・高野尚介さん (73=元岩谷堂監督)、山形・坂本浩二さん (58=現谷地監督)、宮城・一條博之さん (63=元仙台商軟式部長)、福島・作山博邦さん (71=元富岡川内監督)も選ばれた。【野上伸悟】

寄稿/ 「一家で5人が甲子園の土を踏む」渡辺博太郎元秋田高校硬式野球部監督。

甲子園万能私が野球というスポーツの覚え始めは、実家の横の小路、通称渡助小路での三角ベース野球からであります。<略>私達一家のの野球の始まりは、長兄喜太郎からであります。私達、男兄弟が五人で喜太郎、得太郎、鉅太郎、誠太郎、私、博太郎の五人です。<略>戦前の一家の野球は以上であるが当時既に誠太郎が阪神タイガースで甲子園の土を踏んで居り第一号である。<略>戦後、喜太郎次男、順治がが西中の投手として昭和廿八年活躍し、秋田高校ではサードを守り、昭和卅一年、秋田高校が戦後、三回目の甲子園出場の際、土を踏んだ。そして三男、和美は昭和卅六年、西中遊撃手で全県大会で活躍し、秋田高校では、やはりサードを守り、昭和四十年春・夏連続甲子園出場を果し、特に夏の大会では準決勝まで駒を進め、全国優勝が目前に迫ったが、戦利あらず、遂に涙をのんだ。此の昭和四十年、秋田高校の大活躍した当時の監督が私(※博太郎)であり、叔父、甥一緒に甲子園を踏んだ訳であり、これで甲子園が四人である。五人目は私の長男、である。<略>秋田高校に進学し、昭和四十八年、同校甲子園出場で私の一家で甲子園の土を踏んだ五人目である。<略>。昭和55年発行 「新屋町野球の会 / 日新-西中 少年野球の歩み」 参照。<昭和40年夏 秋田高校登録選手> [右]成田憲明、[遊]佐藤茂範、[二]○飯塚明、[捕]藤原稔、[一]岡本隆、[中]今井敦雄、[投]鐙文行、大久保正樹、[左]斎藤正人、藤原清己、[三]渡辺和美、広瀬光男、堀内一志、高橋修平、[監]渡辺博太郎。

西日本スポーツ / ソフトバンク 育成枠1位 石塚綜一郎選手(黒沢尻工-岩見三内)。

1ce22ed8<西日本スポーツ> 自宅近くの公園でのキャッチボールが、一人っ子の石塚にとって野球の原風景だ。幼稚園のころから練習相手は祖父有孝。母子家庭で昼夜問わず働きづめだった母順子の代わりに、有孝と4年ほど前に亡くなった祖母栄子に身の回りの世話をしてもらった。秋田市東部、山あいにある岩見三内小は1学年12人で男子は6人。岩見三内中に進むと全員が野球部に入った。決して強くないチームにあって石塚の能力は抜けていた。「いつかプロ野球選手になると言い続けた。言うのが恥ずかしくなる時期もあったけど、そこはぶれなかった」。1年の冬、強く引き留められながら一人中学の野球部を離れ、硬式チームの秋田南シニアに入団した。ここでも送り迎えをしてくれたのは有孝だった。中学生ながら11本もの本塁打をスタンドに放り込み、県外の強豪私立高からも誘いがかかる存在になった。投手、捕手、内野手とあらゆるポジションを任された。「憧れはずっと (巨人の) 坂本勇人選手。(青森の) 光星学院に行きたいとも思ったけど、母に苦労をかけたくなくて…」。球界を代表する遊撃手を生んだ高校も選択肢にあったが、選んだのは岩手の黒沢尻工業高。公立であり、ベストナインに2度輝いた細川亨 (ロッテ) を青森大時代に指導した石橋智が監督だったことも決め手になった。高校でも入学間もなく試合に出始めたが、チーム事情から本格的に捕手に打ち込めるようになったのは2年の秋から。練習中、石橋からは 「細川はできていたぞ!」 と現役プロのベテラン捕手と比較されながら技を磨いた。高校通算39本塁打。最後の夏は岩手大会の準決勝で敗れた。ベンチを去る際、ロッテに1位で入団した大船渡高の163キロ右腕、佐々木朗希とすれ違った。面識も対戦歴もなかったがドラフト後、野球部長の計らいで佐々木と対面する場が設けられた。岩手の沿岸部を車に揺られること1時間半。いざ佐々木を目の前にすると緊張で会話がたどたどしくなった。「自動車学校の (教習) 後も 『俺は走らないといけない』 と言っていた。意識の高さが分かった」。世代最強の存在に刺激を受けて飛び込むプロの世界。「活躍して稼いで、母と祖父を楽にしてあげたい」。夢の舞台が家族孝行の場となる。(鎌田真一郎)

岩手県黒沢尻工 石橋智監督(元 秋田工監督)、石橋泰成 盛岡大付野球部前主将。

昭和61年夏 第68回甲子園大会最年少監督(25歳、当時)
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2014.1.23 / 太田久元能代高校監督(77)肺がんのため能代市内の病院で死去。

yokosaid元能代高校硬式野球部監督の太田久氏(77)が2014 (平成26年) 1月23日午前8時18分、肺がんのため能代市内の病院で死去、葬儀は26日、能代市芝童森の能代典礼会館セレモ、喪主は妻和子さん。1961 (昭和36年) に母校の能代高校監督に就任。1963年夏、後にプロ野球入りした簾内政雄投手を擁して初の甲子園出場、1977、78年の夏には甲子園連続出場。教え子にはプロ通算284勝山田久志氏 (野球殿堂入り)、大沢勉氏らがいる。<昭和52年夏甲子園出場能代高校登録選手> [投]高松直志、[捕]東海林憲昭、[一]平川浩司、[二]佐藤明彦、[三]菅野政喜、[遊]佐藤弘人、[左]石井温志、[中]平川晃一、[右]佐藤哲士、大谷幸一、大友尚樹、市川基、田口清司、近藤亮悦、[責]金谷晴隆、[監]太田久。 http://www.hokuu.co.jp/2010koramu/0729kousiennto.html

昭和53年夏甲子園大会/ 対箕島戦で選手に指示を与える 能代高校 太田久監督。

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2014.1.23 / 太田久元能代高校監督(77)肺がんのため能代市内の病院で死去。

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秋田県高等学校野球連盟(和田央会長) 創立70周年記念式典 監督経験者表彰。

監督歴20年以上表彰者 (能代地区校監督経験者)
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台南州立嘉義農林学校の実話基に描く感動作 KANO1931海の向こうの甲子園。

kano台湾・旧嘉義農林100周年式典に嶋崎久美金足農野球部元監督、中山英悦金足農野球部OB会会長、吉田裕幸仙北市国際交流協会会長、佐藤和志田沢湖・角館観光協会会長出席。【2018.10.03】佐々木律成氏、秋田さきがけ紙に 「KANOとKANANO 時空をまたぐ農業高校の大いなる実り」 寄稿。【2018.8.21】俳優の永瀬正敏さんは、第100回全国高校野球選手権大会で準優勝した秋田県立金足農業高校について、自身が出演した台湾映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」の物語との「不思議な縁」を感じるとつづった。 同映画は日本統治時代の1931(昭和6)年、台湾代表として夏の甲子園に初出場し、準優勝を果たした 「嘉義農林学校」(嘉農、現・国立嘉義大学) 野球部の実話を基にした作品。永瀬さんは漢人や日本人、先住民からなる野球部メンバーを指導する日本人監督、近藤兵太郎役を演じた。 金足農の決勝進出が農業系高校としては嘉農以来83大会ぶり▽決勝戦の日付が同じ8月21日▽嘉農と決勝を戦った中京商業学校のエースと金農のエースの苗字が同じ「吉田」――であることを紹介した。 【2015.2.01】http://kano1931.com/ 日本統治下の1931年に台湾代表として見事甲子園出場を果たし、決勝まで進出した台南州立嘉義農林学校の実話を基に描く感動作。『セデック・バレ』 2部作などを手掛けたヒットメーカーのウェイ・ダーションが製作総指揮を務め、野球を通して友情と強い絆を育む監督と部員たちの熱いドラマを活写する。永瀬正敏が鬼監督を熱演し、彼の妻を坂井真紀が好演。民族の壁を越え、一丸となって戦う球児たちのひたむきさと純真さに心打たれる。第51回金馬奨、<最優秀作品賞><主演男優賞(永瀬正敏)><新人賞(ツァオ・ヨウニン)><新人監督賞(マー・ジーシアン)><衣裳デザイン賞><オリジナル楽曲賞>ノミネート。<観客賞>と<国際映画批評家連盟賞>受賞。

秋田グリーンサムの杜/金農式野球教室~将来の成長には“根(基本)”が大事~。

令和元年11月17日(日)10:00~13:00 出戸新町コミュニティセンター
参加費等詳細はhttps://www.facebook.com/events/2474090979481598/
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前ノースアジア大監督 山中潔氏 (58、広島カープ) 日本ハム2軍育成コーチ就任。

-2018.12.18 日刊スポーツ-

2019(令和元年)第71回秋季東北地区高等学校野球秋田県大会出場校ノッカー。

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令和元年第67回春季東北地区高等学校野球秋田県大会出場校ノッカー
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平成30年第70回秋季東北地区高校野球秋田県大会出場校ノッカー
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平成29年第69回秋季東北地区高校野球秋田県大会出場校ノッカー
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特定非営利活動法人秋田ふるさと応援団 / 第8回スポーツ・文化秋田応援の集い。

嶋崎久美氏講演
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令和元年度日本高野連育成功労賞選出/ 加藤秀夫 元秋田工・男鹿工監督(64)。

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秋田県内高校野球指導者OBらでつくる 「翔球会」 秋田中央高校に激励金を贈呈。

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本荘高校工藤幹夫投手から決勝本塁打 福田泰弘捕手 (3、秋田市立-上小阿仁)。

huku2019令和元年第101回大会、甲子園球場で秋田中央戦を観戦予定。【2018.5.21】秋田市立は決勝で秋田に4-2で逆転勝ちして5年ぶりの中央地区大会優勝。卒業後、佐藤秀明投手と東洋大進学。< 昭和53年当時の新聞記事より抜粋> 春季中央地区大会、県立球場の本荘-秋田市立は、延長10回、市立が5番福田の本塁打で粘る本荘の追撃をかわした。本荘にとって惜しまれるのは9回裏の攻撃。四球と連続二塁打で2-2の同点に追いつき、なおも一死1、3塁。しかし、三走が市立福田捕手の好送球に刺され、後続も凡退し一打サヨナラの好機を逃がした。[秋田市立] 佐藤秀、熊谷-福田、[本荘] 工藤-渡部。・和53年春秋田市立登録選手 [投佐藤秀明(3、土崎)、[捕]福田泰弘(3、上小阿仁)、[一]小野士(2、八郎潟)、[二]加賀谷一(3、外旭川)、[三]長谷川浩靖(3、秋田南)、[遊]佐藤重樹(3、川内)、[左]石川光一(3、戸賀)、[中]金子里志(3、天王)、[右]○中川透(3、土崎)、小玉竹志(3、男鹿東)、熊谷正人(3、河辺)、柿田淳(3、土崎)、加賀徹(3、湯沢北)、長谷川隆浩(3、土崎)、佐藤善紀(2、秋田南)、森元忠浩(3、土崎)、坂谷浩英(3、五城目一)、戸来洋二(3、秋田西)、福田久雄(3、土崎)、中津川辰裕(3、東由利)、[責]杉山久夫、[監]塚田丈也、[記]加藤敦(2、土崎)。

2019(令和元年) 全国高校野球選手権秋田大会 優勝 秋田中央 佐藤幸彦監督。

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2018朝日新聞みちのく白球譜名将編/ 秋田経大付(明桜)元監督 伊藤護朗さん。

2019年度秋田市功労者(スポーツ分野)
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BALL PARK AKITA / 秋田工と男鹿工の監督を30年間務めた 加藤秀夫 さん。

-第101回大会開会式始球式担当-
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/ASM784CFFM78UBUB00B.html
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BALL PARK AKITA / 秋田工と男鹿工の監督を30年間務めた 加藤秀夫 さん。

令和元年度日本高野連育成功労賞選出
詳細は <
BALL PARK AKITA> にて
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BALL PARK AKITA より転載 (画像 / 加藤さん提供)
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秋田南 /2019(令和元年度)テーマはとにかく前に進もうという意味で 「躍進」 に。

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平成14年度~ 秋田県教育委員会教員長期社会体験研修派遣 (高校野球監督)。

1befe14a-s秋田県教育委員会教員長期社会体験研修派遣事業(平成14年~、派遣期間3ケ月)。・平成24年度 藤盛憲二(大館国際)、伊藤洋徳(羽後)→ 富士重工、日立、新日鐵住金鹿島。・平成23年度 湯澤淳(角館)、佐藤博之(秋田北鷹) → JR九州、ホンダ熊本、三菱重工長崎。・平成22年度 成田昇(花輪)、伊東裕(平成) → 三菱自工、三菱重工、東邦ガス、王子製紙。・平成21年度 富樫真雄(由利)、牧野嘉訓(角館) → JR東日本、ホンダ、TDK。・平成20年度 太田弘史(大曲)、押切信人(大館国際情報) → 鷺宮製作所。・平成19年度 高田環樹(秋田西)、山信田善宣(能代西) → 日本新薬。・平成18年度 後藤弘康(秋田工)、阿部大樹(大曲工) → 日本新薬。・平成17年度 伊藤康夫(能代)、石川聡(西目) → 日本新薬。・平成16年度 佐藤幸彦(秋田)、袴田智毅(大館工)→ NTT西日本。・平成15年度 佐藤寿(由利工)、桑原康成(平成) → 大阪ガス、NTT西日本。・平成14年度 野中仁史(鷹巣)、照井正喜(横手) → 大阪ガス、NTT西日本。

秋田県立十和田高校野球部 (神居恵悟監督) 公式ツイッター2018年11月開設。

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2012(平成24年度) 第94回全国高等学校野球選手権大会秋田大会本塁打。

home<大会本塁打> 7/13 佐藤雄哉(3、大農太田-角館、捕、右右、161/89、能代)。7/13 西田拓未(3、明桜-越谷栄進、外、右右、174/68、よこて)、 船木悠人(3、明桜-太平、投内、右右、176/80、よこて)。7/167鈴木彰人(3、由利工-仁賀保、外投、右右、177/68、よこて)。7/17 穴山博道(2、能代商-能代二、外、右右、174/76、能代)。7/187斉藤至(3、新屋-城南、内、右左、180/93、八橋)、 吉田真太朗(3、秋田南-御所野学院、内、右右、186/78、こまち)。7/19富樫海里(3、大館鳳鳴-大館一、捕、右右、175/70、こまち)。7/20 神居恵悟(3、秋田-下北手、投、右右、176/77、八橋)。7/21五代儀圭輝(2、大館鳳鳴-鷹巣、外、右右、181/70、八橋)、 畑瀬裕哉(3、能代-大潟、内、右右、171/69、八橋)。

つくば国際大学東風高校野球部 桜庭裕也 監督 (住金鹿島-秋田経法大付-鷹巣)。

d0e0accc-s6月実施東北交流戦・三種町招待で来県予定。【2017.6.03】ケーブルTV J:COMで紹介: 「白球を追え!つかめ甲子園  /  東風高校」【2013.5.17】地歴公民科教諭。鷹巣中2年時夏全県準優勝。高校時代は2年夏から内野手のレギュラーとして、夏/春/夏の3度甲子園出場(投手/中川申也)。高3時は、「先頭打者として核弾頭の役割をきっちり果たす」と評。平成24年夏には高校の後輩で実弟岩谷裕士監督(平成6年卒)の大館工とも練習試合。<平成2年夏 秋huzoku田経法大付 登録選手>[投]中川申也(2、山内)、[捕]杉本宗人(3、五里合)、[一]○半田貴志(3、井川)、[二]深川昌幸(2、山王)、[三]杉本正人(3、五里合)、[遊]桜庭裕也(3、右右、174/67、鷹巣)、[左]加藤雅則(3、横手南)、[中]佐藤和世(3、秋田南)、[右]三浦和哉(3、河辺)、小林英樹(3、能代南)、田中孝夫(3、花輪一)、佐々木雅彦(3、刈和野)、永井英樹(2、鷹巣)、杉本公三(2、五里合)、曽我秀平(3、城東)、門間仁(3、土崎)、斎藤幸治(2、城南)、[責]古谷孝男、[監]鈴木寿。

2011(平成23年)6月13日 菅原翼さんより近況報告の投稿メールが届きました。

ts加藤秀夫元監督、令和元年度日本高野連育成功労賞受賞。【2011.6.13】 たまたま、自分の名前を見つけてとても驚いたと同時に感動しました。ありがとうございます。私は現在、福島県在住で児童施設の野球部監督をしています。昨年まで2年連続で全国大会出場を果たしており、今年も震災の影響で制限があるなか、3年連続全国大会出場を目標に日々頑張っています。今の私があるのも、加藤秀夫監督との出逢いがあったからです。野球はもとより人として大事なことなどたくさんのことを教わりました。ぜひ機会があれば、加藤秀夫監督の記事をお願いします。【菅原翼】 ・この年は有望な1年生が入部した年と記憶しています。<菅原翼主将の一言> 4年ぶり初戦突破を。今まで支えてくれた人や学校のために頑張りたい。野球を楽しみながら、一戦一戦大切に戦いたい。チームの雰囲気も盛り上がっており、大会前になってまとまりも良くなった。三年間ずっと初戦で敗退しているので、自分にとって二回目で最後となる今回は、必ず初戦突破したい。・平成11年第81回全国高校野球秋田結果 / 大曲工11-3男鹿工(8回コールド、八橋球場)【2009.10.4】慶応大学 村山雄紀投手 (4、右下、環境情報、男鹿工-天王)、東京六大学リーグ戦対東大戦で神宮初勝利。男鹿工業高校平成17年度野球部主将。慶応大野球部史上2人目の工業高校出身。工業をやりたいがために普通高校には進学せず、地元の工業高校に進んだ経緯あり。高校時からその学力とキャプテンシーは 「熱球通信」 も高く評価。新聞報道によると高校時代の恩師 加藤秀夫 監督もこの試合を観戦とのこと。

県北地区 / 平成28年度~令和元年度 秋田県内高等学校硬式野球部監督推移。

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中央地区 / 平成28年度~令和元年度 秋田県内高等学校硬式野球部監督推移。

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県南地区 / 平成28年度~令和元年度 秋田県内高等学校硬式野球部監督推移。

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球春に新風 高校野球部新監督 / 大館国際 金野拓真監督 (29、日本大-秋田)。

金野拓真監督 (29、日本大-秋田-秋田南) 現役時代は外野手
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秋田市営八橋 (さきがけ) 球場 場外拡張後 高校生本塁打記録 (平成17年~)。

d8689d42会報紙 「 BALL PARK AKITA VOL.3 」参照。<平成17年> 浅野友人(秋田商-五城目一)、田口嘉秀(秋田商-羽城)、最上智貴(新屋-御野場)、佐々木雅俊(秋田南-秋田南)、佐藤雄大(秋田中央-雄和)、鈴木翔(由利工-大内)、佐藤政人(西目-鳥海)、松岡純平(経法大付-合川)、藤原駿優(平成-平鹿)、賢木翔太(大曲-大曲)、高橋純一(大曲-大曲南)。<平成18年> 鈴木翔(由利工-大内)、浅野友人(秋田商-五城目一)、藤原和広(大曲工-大曲)、佐々木弘史(秋田商-八郎潟)、佐々木貴晃(本荘-由利)、鈴木徹(本荘-本荘南)、伊藤卓(本荘-本荘南)、杉本大樹(秋田工-五里合)、佐藤佳亮(平成)、菊地大樹(男鹿工-天王南)、菅原学(男鹿工-羽城)、柴田雄飛(秋田-御野場)、村上怜(秋田中央-勝平)、小出健介(秋田中央-男鹿北)、門間裕匡(金足農-羽城)。<平成19年> 鈴木信吾②(秋田商-六郷)、佐藤琢哉(秋田西-秋田北)、加藤代喜(能代工-琴丘)、伊藤涼平(角館-太田)、小林勇希(大館工-下川沿)、黒政晋之輔(秋田商-雄物川)、小野裕也②(湯沢商工-三輪)、佐々木俊康(秋田-能代東)、金野拓真(秋田-秋田南)、佐藤和樹(秋田-秋田東)、三浦将要(男鹿工-潟西)、戸井田拡(秋田-岩見三内)、伊藤流馬(秋田南-城東)。<平成20年> 斎藤艶稔梓(秋田南-御所野学院)、渡部凌(秋田-八郎潟)、水原丈(秋田南-御野場)、大塚湧輔(明桜-潟西)、小松宗矢②(金足農-仙北)、幸野善人(秋田西-飯島)、船木拓美(金足農-男鹿南)、高橋真一(秋田商-雄勝)、岡拓(能代工-山本)、船木浩太②(秋田中央-勝平)、大塚直(能代-能代南)、門間智也(秋田-羽城)、鎌田智成(秋田工-下北手)、佐藤修兵(本荘-本荘北)、伊藤広大②(秋田南-羽城)。

熱球通信期待/高校通算36本塁打 石塚綜一郎選手(内、3、黒沢尻工-岩見三内)。

fe049492日刊スポーツ / 春季高校野球岩手県大会の組み合わせ抽選会が盛岡市内で行われ、高校通算36本塁打の主砲・石塚綜一郎捕手 (3年) が、大船渡の最速153キロ右腕・佐々木朗希 (3年) との初対戦を待ち望んだ。今冬は逆方向にも長打を打てる技術を習得。1回戦では黒沢尻北との近隣校対決が決まった。夏に83年以来の甲子園切符をつかむためにも、春から強豪を連続撃破して勢いをつけるつもりだ。石塚が佐々木朗希攻略に自信の表情を浮かべた。大船渡とは逆ブロックになったため、対戦は決勝か3位決定戦。「県内の同じ選手として投手としても打者としても憧れる存在。夏に向けて、春に対戦したい。変化球も素晴らしいですが、絶対的な武器の真っすぐを狙っていきたい」。最速163キロの速球を動画でイメージ。「自分なら打てるだろうなという気持ちもあります」と力を込めた。1年秋には東北大会で8強入りしたが、2年時には昨秋の県大会2回戦敗退など、悔しさも味わった。内角打ちの弱点克服へ、関東の強豪社会人チームに武者修行も行ってきた。「インコースの球も逆方向に打つイメージが出来てきた。春になってどの方向にも強い打球が飛ぶようになってきた」。引っ張り専門を払拭。内角打ちや、広角長打の手本にもしている巨人坂本勇人内野手を動画でも研究を続けながら、プロ入りへの夢も追う。北奥地区予選でも本塁打を放ち、手応えを得た。投手との二刀流で捕手からマウンドに上がる場面もありそうだ。「自分としては投手として三振を奪ったり、ピンチを抑えたりすることも楽しい」。投打に優れた佐々木にもライバル心を燃やしている。同校は83年夏以降、甲子園出場から遠ざかっており、古豪復活が期待されている。県大会では右手甲負傷で離脱していたエース右腕・田沢潤 (3年) も復帰予定。86年夏に秋田工を率いて甲子園出場を果たし、青森大も全国に導いた石橋智監督 (58) と二人三脚で打力を培ってきたラストイヤー。石塚は 「成果を試しながら、勝っていきたい。1点欲しいところで打ちます」。勝負強さでチームを引っ張る。【鎌田直秀】 ・石塚綜一郎 2001年(平13)6月7日、秋田市生まれ。岩見三内小3年に岩見三内スポーツ少年団で野球を始め、岩見三内中では秋田南シニアでプレー。黒沢尻工では1年春からベンチ入り。右投げ右打ち。181センチ、83キロ。握力は右68、左69の怪力。家族は母と祖父。血液型B。

平成31年3月20日 / 秋田県教育委員会教職員異動 (高校野球関係、順不同)。

新体制 / 久米信彦理事長・須田和仁副理事長
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未確認 / 金野拓真 大館国際情報採用 高野大 増田実習助手採用
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