★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

熱球通信は、NPO法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログで、記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等は一切不要です。、更新頻度は原則毎日ですが、秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していますので、内容等一部については地元情報より遅れる場合があります。練習試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

記録残る試合

記録残る試合 / 昭和50年県大会初出場「羽後」延長14回押し出し四球サヨナラ

14昭和50年5月23日 第23回春季秋田県高校野球大会1回戦で、初出場羽後(県南地区)が秋田経大付(中央地区)に延長14回押し出し四球サヨナラの1-0で勝利(秋田市営八橋球場)。9回まで羽後打線を無安打2四球に抑えていた経大付主戦175cm目黒実鶴が延長14回についに力尽きた。羽後は、延長14回無死から伊藤広志の左前打を足がかりに内野安打、四球で二死満塁の絶好のサヨナラ機。続く5番佐藤周一はフルカウントからファールで粘り、根負けした目黒から押し出しの四球を選び3時間53分の試合に終止符。経大付は8安打を放ち、再三走者を出したが拙攻でチャンスつぶす。羽後今野郁雄粘投。<羽後先発選手> [二]越前克巳(3、羽後)、[三]長谷山浩士(3、羽後)、[捕]高橋茂男(3、仙道)、[投]今野郁雄(3、仙道)、[中]佐藤周一(3、羽後)、[右]菅政光(2、雄勝)、[遊]佐藤良一(3、三輪)、[一]真田孝雄(2、羽後)、[左]伊藤広志(3、田代)、斎藤忠夫(3、羽後)、三浦利昭(2、三輪)、鈴木正悦(2、羽後)、真田稔(1、三輪)、薄井桂哉(1、田代)、中川一志(1、三輪)、伊藤孝一(1、三輪)、佐藤広之(1、羽後)、[責]高垣一英、[監]山形良悦、[記]井上邦雄。<秋田経大付先発選手> [二]清水悟(2、上小阿仁)、[遊]神田清武(2、秋田南)、[中]加藤正彦(2、大正寺)、[一]相沢伸春(2、土崎)、[左]神田正人(2、大正寺)、[投]目黒実鶴(2、男鹿中)、[三]泉浩(3、雄物川)、[捕]池田誠(3、豊岩)、[右]伊勢谷国彦(3、道川)、○ 出頭淳一(3、秋田南)、桜田仁志(2、太平)、鎌田鋼悦(2、琴丘)、中野智(3、高清水)、工藤勝弘(3、羽城)、鈴木達哉(3、山王)、折野司(2、下浜)、鹿野覚(1、船川)、[責]笹川希哉、[監]伊藤護朗、[記]高橋忠則。

高校試合秋田県内初ナイター / 平成15年秋季中央地区決勝戦 秋田商-秋田中央

nig平成15年9月8日(月)秋季高校野球中央地区大会決勝戦 秋田商-秋田中央(こまちスタジアム)は、登録メンバー20人中、秋田商17人、秋田中央が16人出場の総力戦となり、秋田商が15安打の打線爆発で秋田中央の反撃を振り切り4年ぶりの地区優勝。降りしきる雨、ぬかるむグランドで、8回裏からは高校生の試合では初めてとなるナイター試合に。<秋田商先発選手> [一]○ 佐々木陽祐(2、角館)、[右]田口嘉秀(1、羽城)、[三]菊地貴朗(2、天王)、[中]吉田良(2、八郎潟)、[左]渡部朗(2、潟西)、[二]伊藤秀平(2、出羽)、[捕]畠山慎太郎(1、金浦)、[投]三浦寛右(1、天王南)、[遊]鎌田将(2、太平)、佐藤剛士(2、上新城)、大高佑公(2、峰浜)、佐々木洋樹(2、西仙北東)、渡邊潤也(2、上新城)、小玉和之(2、八郎潟)、泉谷翔平(2、城南)、佐々木智樹(2、西仙北東)、鈴木潤(1、角館)、松橋亮(1、尾去沢)、大友陽介(1、山王)、三浦俊太(1、羽城)、[責]半田祐介、[監]小野平、[記]佐藤達哉(2、勝平)。<秋田中央先発選手> [左]加賀力哉(1、男鹿南)、[中]渡辺良太(2、山王)、[二]大友洋幸(2、秋田西)、[一]佐藤雄大(1、雄和)、[右]杉沼哲平(1、土崎)、[捕]渡部嘉岳(2、飯島)、[三]黒川諭(2、男鹿東)、[遊]鈴木長康(2、秋田東)、[投]信太悠佑(2、泉)、○ 小野了(2、秋大付)、金卓史(1、雄和)、田中貴大(2、御野場)、進藤友也(2、泉)、平井旭人(2、協和)、岩谷友倫(2、協和)、鈴木龍宏(1、外旭川)、若狭良平(2、秋田東)、小納谷祐(2、秋田東)、佐藤駿太(2、五城目一)、関健太(1、河辺)、[責]高橋学、[監]塚田博、[記]見上翔(1、飯島)。

記録に残る試合 / 1991(平成3年) 甲子園大会 秋田-大阪桐蔭 9回二死から

akita「高校野球心に残る名勝負・名場面」 大アンケートで取り上げられた試合。【寸評】土壇場9回二死から追いついた大阪桐蔭は延長11回に沢村がサイクル達成の決勝本塁打。<2009.5.22>平成3年8月17日、甲子園初戦で相手の悪送球で北嵯峨にサヨナラ勝ちを収めた秋田(秋田大会優勝候補筆頭は中川、齋藤を擁する経法大付)は、続く優勝候補大阪桐蔭戦でも9回二死まで理想的な試合運びでほぼ勝利を手中に収めかけていた。ドラフト候補背尾投手の不調を突き、初回菅原勇輝の本塁打と連打で3点先制、投げても菅原朗仁が制球抜群で相手強力打線につけ入るスキを与えず8回終わって3-1。9回ドラフト候補荻原選手も倒れて勝利目前と思われたが、二死からの相手下位打線の悪夢の4連打で同点に追いつかれ、結局、延長11回3-4の逆転負け(北嵯峨戦スコアも4-3)。菅原朗仁の頭脳的投球が光った試合。秋田高はベンチ入り1、2年生が10人の若いチーム(試合時間2時間24分)。 秋田高校先発、[遊]千田匡(3、五城目一)、[三]戸賀瀬直紀(2、大内)、[捕]菅原勇輝(2、大潟)、[一]石井俊誉(2、泉)、[投]菅原朗仁(3、大潟)、[右]浅野太一(2、土崎)、[中]渡部喜一(3、秋田東)、[二]○佐藤幸彦(3、城東)、[左]平泉慶一郎(3、十文字)、小玉義幸(2、五城目一)、伊藤大輔(3、秋大付)、沢井直豊(3、城東)、伊藤慎作(2、秋田南)、嵯峨育生(2、下北手)、川村寿(1、八竜)、近藤八雲(2、五城目一)、佐々木優(2、秋田東)、[監]小野巧。

2008 / 平成20年第90回全国高校野球記念大会1回戦 本荘-鳴門工(徳島)

kiti<朝日新聞バーチャル高校野球> 「八回までの記憶はほとんどない。気づいたら終盤。でも、九回の攻防だけは鮮明に覚えている」。2008年8月4日の第90回記念大会1回戦。鳴門工 (徳島) と対戦した本荘の主将、二塁手の吉尾渉さん(26)はそう振り返る。鳴門工は五回までに2点を奪うが、本荘も七回に反撃。阿部竜也選手、吉田大樹選手の連打と内野ゴロで1点をもぎ取った。「秋田大会から弱いと言われたチーム。こういう点の取り方だった」、そのまま僅差で九回へ。先頭の吉尾さんが右前打で出塁。1死後、阿部選手の左中間二塁打で一気に本塁へ。アウトになりそうなタイミングだったが、送球が少しそれた。同点。「三塁コーチが泣きながら腕を回していた」、2死から池田恭介投手が右越えの適時二塁打。土壇場での逆転劇に、スタンドが揺れた。「球場全体がうちを応援する感じ。その雰囲気に乗った」、出場4度目、悲願の甲子園初勝利まであと3人。だが、鳴門工の先頭打者が安打で出塁すると、また球場がざわつき始めた。「面白い試合を観客は期待している。甲子園の雰囲気は、展開によって流される。独特な感じだった」、内野手がマウンドに集まった。ベンチから尾留川徹監督の指示を聞いた三船翔選手が飛び出した。指示の内容は 「犠打で送ってくる。1死二塁になったら、本塁打を打っている次の安岡瑞葵君と勝負」。だが――。選手たちに指示は伝わらなかった。甲子園の魔力か、緊張からか、指示内容が三船選手の頭から飛んでしまった。「伝令の内容は 『頑張れ』 『お前らなら大丈夫』。結局、話し合って、安岡君を歩かせて次の打者勝負で行こう、と」 敬遠するため、片村玄徳捕手が立ち上がると、ベンチの尾留川監督が 「えっ」 という表情で天を仰いだ。球場の雰囲気が一変した。勝負を望む観客の声がわき起こった。「バックネット向こうの銀傘が、僕らを押しつぶすように迫ってくる。こんな中で、よく恭介は投げているなと思った」 雰囲気にのまれたのか、次打者もストレートの四球で満塁。直後、下位打線に連続適時打を浴びた。あっけない幕切れだった。「両チームであいさつを交わした時、大きな拍手がわいた。今度は 『いい試合をありがとう』 という温かい拍手だった」 決断の末に負けた。だから仕方がない。尾留川監督も選手たちもそう思った。真相が分かったのは、その年の秋になってからだ。「甲子園は怖いところ。それがみんなの結論。でも、勝ち負けがすべてじゃないということを学んだ。僕にとって、高校3年間は濃すぎるくらいの時間だった」(山田佳毅) 。※吉尾渉主将、由利本荘市出身、本荘高を卒業し、2009年に同市消防本部の消防士に。今年3月、救急救命士の資格を取得した。

記録に残る試合 / 昭和54年全国高校野球選手権秋田大会準々決勝 能代-金足農

nosirokananou昭和54年7月29日の甲子園秋田大会準々決勝 能代-金足農 (秋田市営八橋球場) は、必ず語られる伝説の一戦 (スコアブックは中継放送を基に作成、放送は試合中途で終了)。その試合の異様さは、出場していた能代高校畠山親浩選手(1番サードで先発出場)が卒業後に 「能代高校記念誌」 に寄せた一文にも見てとれる。「、、、(略)、、準々決勝の金足農戦に於いて大雨の中試合を続行、序盤から点の取合いとなり8回日没コールドで勝利したが、応援席の興奮が収まらず物が飛び交い球場から出られず警察の誘導で帰ったことが忘れられない。、、(略)、、」

記録に残る試合 / 昭和54年全国高校野球選手権秋田大会準々決勝 能代-金足農

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記憶に残る試合/ 青山学院大学6年ぶりの日本一に貢献 夏井一志内野手(秋田商)

si2d92cd99平成17年6月13日、全日本大学野球選手権大会決勝 青山学院大(東都大学)-近畿大(関西学生)、9番遊撃手で先発出場(それまで三振、三振、一邪)の夏井一志選手(4、#6、秋田商-天王)は延長10回裏二死二、三塁の場面で右前安打し一塁へヘッドスライディング、同学の4度目の大学日本一に貢献。リーグ戦首位打者が大会直前に故障したことによる代役抜擢出場とはいえ、殊勲の右前打はフラフラとしたものながらまさに魂の込もった一打であった。試合後の夏井選手の談話 「夢だと思った。奇跡って起こるんですね」。同選手は、秋田商入学直後の1年春のリーグ戦から正遊撃手で出場。・青山学院大学武藤元昭学長:今シーズンの野球部は、決して下馬評は高くなか ったのですが、チーム一丸となった見事な戦いぶり だったと思います。全日本大学野球選手権大会の決勝戦で、ケガで 欠場した強打者の円谷(英俊・経済学部3年)君 の代役を務めた夏井(一志・文学部4年)君が放 った渾身のサヨナラ打は、その “全員野球” を象 徴する感動的な出来事でした。今回は、誰か飛び抜けた選手の力ではなく、“全員 野球” という形で日本一に輝いたということが、大 きな意味を持つように思います。実に青山学院大学らしい勝利です。

三沢(青森)との決勝戦で史上初の延長18回引分け再試合 松山商 一色俊作監督

o0640043614351099948<2013.4.25>一色俊作元松山商高野球部監督、2013(平成25年)4月24日午前5時、虚血性心不全のため松山市内の自宅で死去、75歳。1990(平成2年)にも愛媛新田高校を率いて春センバツ大会準優勝。<2012.5.28>甲子園の名勝負再び。1969(昭和44年)夏の甲子園決勝で延長18回の末、引き分け再試合の名勝負を演じた三沢高(青森)と松山商(愛媛)が平成24年6月3日(日)、弘前市営球場で対戦することに。OB同士の試合は過去あったが、現役の対戦は43年ぶり。今回の試合は、1967年夏の甲子園で準々決勝に進んだ東奥義塾が創立140周年記念事業として企画し実現(東奥義塾も松山商と対戦)。 松山商9-3三沢

1979/ 昭和54年 大館鳳鳴 第27回春季東北地区高校野球秋田県大会初優勝

9ffb6fa9-s昭和54年5月27日、大館鳳鳴が秋田商との決勝戦に延長13回の接戦の末3-1で勝利して初優勝。大館鳳鳴 / 吉原忠敏-斎藤義浩、秋田商 / 高山郁夫、安保浩幸-佐藤文信。この頃の大館鳳鳴のヘルメットはWASEDAカラーのエンジ色。<大館鳳鳴先発選手>[中]滝沢竜明(3)、[遊]吉田茂雄(3)、[右]中嶋善茂(3)、[捕]斎藤義浩(3)、[一]○大越和人(3)、[三]小林博隆(2)、[左]戸田勝広(2)、[投]吉原忠敏(3)、[二]奥村昌樹(2)、佐藤和明(3)、福士隆郁(3)、松岡倫之(3)、富樫勝浩(3)、佐藤光博(3)、武藤裕喜(2)、桝屋隆二(2)、伊藤英規(2)、[責]松江長成、[監]若松清幸、[記]佐藤智(2)。<秋田商先発選手>[二]佐藤義己(3)、[三]○菅原一夫(3)、[遊]横山幸悦(3)、[中]佐藤康二(2)、[左]畠山哲人(2)、[一]熊谷和秋(2)、[捕]佐藤文信(3)、[投]高山郁夫(2)、[右]千田正人(3)、田口淳(3)、安保浩幸(2)、籾山市男(3)、薄田勝也(2)、後藤直哉(1)、鳴海一元(2)、川尻義信(2)、小山大(3)、[責]登利谷重郎、[監]三浦第三、[記]湊雅彦(3)。

報知新聞 / 能代商2011年夏甲子園…前年完敗鹿児島勢に逆転勝ちを振り返る

nosho11212<報知新聞社>◆2011年夏の甲子園1回戦 能代商5-3神村学園(8月9日)。2011年夏、2年連続3度目の甲子園出場を決めた秋田代表の能代商(現・能代松陽)。“2つの雪辱”を果たす活躍で3回戦まで進み、地元をわかせた。県勢の初戦敗退を13年連続で止め、1年前に自らが味わった悔しさを晴らした白星。1年間抱き続けてきた思いが勝利につながったと、工藤明監督(44)は明かした。当時の写真とともに振り返る。(取材・構成=有吉 広紀)秋田の夏を熱くする、大きな白星だった。2011年夏、能代商が神村学園(鹿児島)に5―3で勝ち、県勢の初戦敗退を13年連続でストップ。工藤監督は0―15で鹿児島実に敗れた10年夏の負けがあったから、この1勝につながったことがあると話した。「1年前の経験(大敗)があったし、そこしか思いはない。あの屈辱を何とかして晴らす、ということだけ。抽選会で主将も『鹿児島県代表とやりたい』と言っていたし、対戦が決まってコンディションは上がっていったんじゃないか。私自身、前の年は『秋田県のために』という意識が強かったが、この年はそれはあまりなくて、自分たちのチームで勝つんだと思っていた」1年間“打倒・鹿実”が目標だった。室内練習場には大敗した甲子園でのイニングを大きく書いて貼り出し、鹿児島実が出場した11年春のセンバツも試合をテレビ観戦したという。初戦の相手は校名こそ違うが同じ鹿児島勢。リベンジの機会となったが、5回を終え1―3と劣勢だった。「目標にしていただけに、プレッシャーや緊張感が強く、動きが固かった。(グラウンド整備時に)このままだったら去年と同じだぞ、とゲキを入れたらグッと変わった」直後の6回、4安打を集めて4点を奪い逆転。その後、昨夏の鹿児島実戦では先発して2回途中KOだった背番号1・保坂祐樹投手が、巧みな投球で相手打線を翻弄し逆転勝ちした。目標を達成し、選手たちの喜びは最高潮。だがその夜、指揮官はこう話しかけた。「すごく盛り上がっていたが食事の時、『オレもうれしいけど次の戦いがある、食事とともにうれしさものみ込もう』と伝えた。どの代もそうだけど、このチームは特に素直な選手が多かった。私が言ったことに、『そうそう、オレたちもそう思っていますよ』と反応してくれた」2回戦の相手である英明(香川)には、同年ドラフトで巨人1位指名を受けた松本竜也投手がいた。大会屈指の本格派左腕も、持ち前の素直さで攻略する。「試合前のブルペンでの松本を見て、こんなすごい球投げる投手は初めてだな、と話していた。(打席内で)立つ位置を変えたりとか、左打者は直球を狙っても打てないから変化球を狙おう、と揺さぶっていこうとした。確かタイムリーは2本とも左打者でしたから(※4回の小川宗太郎内野手、6回の保坂と適時打はともに左打者)。よく徹底してくれた」3回戦で如水館(広島)に延長12回、逆転サヨナラ負け。だが3試合計415球を投げ抜いた保坂ら、秋田生まれの選手たちが聖地をわかせた。秋田勢はその後15年に秋田商が8強、18年には金足農が準優勝。13年連続初戦敗退の時代からは信じられないような白星を挙げている。そのきっかけを作ったのは、11年夏の能代商だった。「みんなが能代出身の普通の高校生だったけど、それが私学を倒して勝ち上がった。(他の高校も)自分たちもできる、と思ったんじゃないかな」◆13年に統合し能代松陽に チームは2013年、県立能代北と統合し能代松陽として再始動。昨秋はエース左腕の大高勇心(2年)の4戦連続完投など力を発揮し、県大会で優勝。だが東北大会は初戦(2回戦)でセンバツ選出校の磐城(福島)に1―2で逆転負けした。11年夏のメンバーは今でも正月やお盆など休みの時期にグラウンドを訪れることがあり、工藤監督は「経験したことを話してくれています」。先輩たちに負けじと、現校名で初となる甲子園出場を目指す。なお秋田の公立高校は11日から学校が再開、それに伴い部活動も行っている。

甲子園2回戦 / 能代商-英明 金属バット導入後最短試合時間タイ(1時間21分)

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<記録に残る試合>2006(平成18年)7月17日 本荘-秋田商(グリスタよこて)。

gsyokote-2第88回全国高校野球選手権秋田大会3日目の7月17日、秋田商-本荘の2回戦を観戦しようと大勢のファンが詰め掛けた。春センバツ8強秋田商と18年ぶりの優勝を狙う第3シード本荘の大会序盤屈指の好カードということで、午前10時の試合開始前から入場券を求める観客が長蛇の列。午前8時半に由利本荘市の自宅を出たという男性(52、公務員)は球場に到着するとともに行列を目にし、「びっくりした。プロ野球でも考えられないような雰囲気」(新聞報道)。同スタジアムによると、この試合の入場者数は約6,000人。平成14年7月に行われたプロ野球イースタンリーグ・巨人-日本ハムの約5,500人を越え、同スタジアムでは最多の入場者数。試合は、本荘が応援スタンドも含め終始秋田商を圧倒し、球場は異様な雰囲気に。シードでこの試合初戦となる秋田商に必要以上の固さも見られ、本荘先発高橋の変化球(スクリュー)と直球のコンビネーションに惑わされ打線は散発5安打の完封負け(0-2)で3連覇の夢が絶たれた。入場券求めてとにかく並びに並んだ試合、球場内は試合開始前からヒートアップ (特に本荘サイド)。謙太、徹の本荘W鈴木選手がチームを牽引。<秋田商先発>[中]石井和仁(3、八郎潟)、[遊]工藤辰文(3、五城目一)、[一]○佐々木弘史(3、八郎潟)、[三]浅野友人(3、五城目一)、[右]小山田聡太(3、男鹿東)、[捕]鳥井将(3、八郎潟)、[左]寺門寛(3、山王)、[二]石田尊(3、仙南)、[投]佐藤洋(3、羽城)、白旗瞬(3、太田)、佐藤裕信(2、出羽)、渡辺裕之(3、勝平)、三浦亮(3、外旭川)、平岡達也(2、神代)、七尾理志(3、桜)、高橋拓己(1、将軍野)、煤賀一志(3、太田)、草彅一成(1、神代)、足利次郎(1、河辺)、吉田公(2、八郎潟)、[責]半田祐介、[監]小野平、[記]伊藤慎平(3、出羽)。<本荘先発>[三]東海林潤(3、本荘北)、[中]菅原勇太(3、本荘北)、[遊]鈴木謙太(3、本荘南)、[捕]○鈴木徹(3、本荘南)、[左]佐々木貴晃(3、由利)、[二]三浦健徳(3、仁賀保)、[右]伊藤卓(3、本荘南)、[投]高橋佑輝(3、本荘北)、[一]大平謙太朗(3、矢島)、田口達也(3、本荘北)、吉田大樹(1、出羽)、土田宗(3、矢島)、伊藤昭平(3、大内)、伊藤隆史(3、大内)、佐藤豪(3、東由利)、柴田雄介(3、本荘南)、鈴木友太(3、本荘南)、遠田伸一(3、仁賀保)、小松真文(2、本荘南)、麻生新(2、矢島)、[責]斉藤尚史、[監]尾留川徹、[記]伊豆しほり(3、本荘南)。

訃 報 / 目黒公介 選手(金足農-男鹿南)令和2年4月23日逝去(享年34歳)

423平成14年度第24回全国中学校軟式野球大会東北予選会(青森県)の大会運営の迷走ぶりが多くの紙面で取り上げられた。準決勝予定当日、雨天のため大会本部は急遽試合会場を青森市営球場からスポーツランド水沢球場に変更、この間の移動距離 約250km、午後2時頃現地に到着してみると水沢市も土砂降り状態、午後4時前に雨が小降りになると今度は 近くの胆沢町民球場で試合開始と発表。が、またしても雨脚が強くなりようやく大会本部は試合開始を断念して雨天順延を決定 (翌日も雨天順延)。この間に要した時間約8時間。これもそれも全国大会が目前に迫っており、代表校選出のために試合消化を優先させようとしたことによるもので、当然のこながら大会運営に批判が続出 (最終的に準決勝は秋田県のスタジアム大雄と平鹿町営球場、決勝は平鹿町営球場)。肝心の秋田県勢の準決勝は、雄和1-6天童三(山形)、男鹿南1-2河北(宮城)と、共に敗退して全国大会出場はならなかった。<雄和町立雄和中学校登録選手> [投]金卓史(3)、[捕]佐藤瑛彦(3)、[一]池田勇人(3)、[二]池田圭佑(3)、[三]佐藤農(3)、[遊]○珍田真樹(3)、[左]伊藤慎一(3)、[中]長谷川恵太(3)、[右]佐藤雄大(3)、佐藤雄太(3)、長谷川公彦(3)、高橋勇人(3)、佐藤一平(3)、佐藤広大(3)、金雄矢(3)、伊藤十夢(3)、鎌田裕輔(3)、菅原達也(3)、小白川宮貴(2)、浅野潤也(2)、[部]國安裕、[監]菅原吉伸、[記]永澤慶大。<男鹿市立男鹿南中学校登録選手> [投]澤木雄一(3)、[捕]柴崎達徳(3)、[一]菅原佑太(3)、[二]大友晃太(3)、[三]加藤友幸(3)、[遊]○宮崎翔平(3)、[左]本川慎一(3)、[中]加賀力哉(3)、[右]目黒公介(3)、吉田淳一郎(3)、鎌田慎太郎(3)、秋山克也(3)、目黒雄(3)、近江隆(3)、安藤竜也(2)、中川陽介(2)、加藤翔(2)、山下恭平(2)、安田直紀(2)、石垣亮(2)、[責]木村守人、[監]櫻庭豊、[コ]畠山正人、[記]目黒裕也。

秋田さきがけ / 中仙中 山形琉唯投手(3、中仙)2回戦 対羽後中戦 完全試合達成

2018 平成30年 第84回秋田県少年野球大会2回戦 中仙-羽後
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1986 昭和61年 第33回春季東北高校野球大会 決勝 経法大付-本荘 (岩手)

春季東北大会 経法大付-本荘 激雨の決勝戦 (引き分け両校優勝)
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左/本荘 阿部光投手(2、象潟) 右/経法大付 水沢英樹投手(2、生保内)
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秋季秋田県大会初日に県立球場が超満員 平成10年秋田県大会 金足農-秋田商

1998924529b3d0d大会初日から強豪校のつぶし合いとなった1998 平成10年 秋季東北地区高校野球秋田県大会(敗者復活制度なし) 金足農-秋田商 (9/23、14:00~)夏甲子園出場金足農(秋田大会決勝金足農17-16秋田商)対伊藤大悟投手擁する秋田商 (勝者は次戦で経法大付対合川の勝者と対戦) は大会屈指の好カードということに加えて当日の好天も手伝ってか秋田県立球場は人、人、人の山で試合前から異様な雰囲気に。秋田県大会初日にこれだけの観客が詰め掛けたのは記憶になく、試合内容も期待に違わない金足農北嶋投手と秋田商伊藤投手の見ごたえある投手戦となった。試合は金足農が初回の中川大輔選手の先制三塁打で辛勝典型的なスミ1のゲームだった。▲秋田県立金足農登録選手[投]北嶋尚之(2右右178/70八郎潟)[捕]佐藤光栄(2上新城)[一]小松正樹(2十文字)[二]腰丸亮太(2八竜)[三]中川大輔(2天王南)[遊]高橋東建(2川内)[左]小松宏行(2城東)[中]柴田千諭(2仁賀保)[右]嶋崎大輔(2五城目一)佐川顕仁(2協和)徳原好樹(2羽城)佐々木悠希(2大内)藤原寿人(2河辺)畠山真也(2外旭川)太田貴久(2将軍野)佐々木浩樹(1八竜)中村亨輔(2将軍野)佐藤学(2上新城)中川正志(2秋田北)近藤康弘(2琴丘)[責]浅利吉晴[監]嶋崎久美[コ]中田稔[記]椎川健一。▼秋田市立秋田商登録選手[投]伊藤大悟(2右右180/73城東)[捕]佐藤正巳(2西仙北東)[一]片桐広勝(2山王)[二]大平達也(1城東)[三]水戸正人(1藤里)[遊]佐々木嘉晃(2河辺)[左]平泉慶人(2五城目一)[中]薄田健(2五里合)[右]田村彰啓(1西仙北東)伊藤豪(1石沢)進藤洋司(1協和)佐藤卓生(2天王)菅原寛仁(1羽城)佐藤雄樹(2五城目一)佐々木連(2秋田南)長谷部幸太(1雄和)佐々木隆太(2泉)浅利正俊(1城東)日下部哲也(1本荘南)工藤乾一(2琴丘)[責]上杉清博[監]小野平[コ]中泉一豊[記]阿部陽一。

記憶残る試合 / 平成23年秋季東北大会まさかの延長サヨナラ 能代商-古川学園

63b0d1c4-s 2011平成23年10月9日、第64回秋季高校野球東北大会(秋田県開催)2日目2回戦 秋田第1代表 能代商-宮城第3代表 古川学園(こまち)は、能代商がコールド目前の10点差のリードを守り切れず、まさかの延長11回10-11のサヨナラ敗退。7回コールド勝利を確信して私含め帰路についた人も多かったが、10点差以上のビハインドからのサヨナラゲームは記憶にないところ。秋田県勢3校(能代商、秋田工、秋田中央)初戦敗退。<翌日秋田さきがけ紙面より> 序盤から着実に得点を重ねた能代商は、10点リードで迎えた7回、四球と4安打でを集められ5失点、8回に3点本塁打を浴びて2点差に詰め寄られると、9回にも2点適時打で追いつかれた。延長に入り、2度の好機を逃がすと、11回裏一死二塁から畠山投手の169球目を左前に適時打されサヨナラ負け。能代商畠山は6回まで2安打無失点、打線も7回まで11安打も、終盤以降は攻守ともに浮き足立ち全くいいところがなかった。能代商先発オーダー[捕]平川賢也(2、二ツ井)[二]丘田諒平(2山本)[右]和田賢将(2能代南)[三]小川宗太郎(2東雲)[一]山打大樹(1東雲)[中]大久保玲央(2能代二)[投]〇 畠山慎平(2能代南)[遊]石田勇士(2藤里)[左]穴山博道(1能代二)小玉皓太(2二ツ井)森田光(2峰浜)鷲谷壮等(2能代二)川村海翔(1能代二)渡部詢平(2能代東)浅野喜孝(1上小阿仁)伊藤塁(1能代南)塚本健太(2能代一)山田凌太(2能代南)川崎滉太(2能代二)成田瑠茉(2能代二)[責]高橋司[監]工藤明[ノ]渡部孝史秋山大一[記]甲嶋紫乃鈴木清一郎松岡那智。

平成21年7月18日 / 第91回 秋田大会 伝説の雨中の準々決勝 西目-秋田中央

3383ee37-s2009平成21年 第91回全国高校野球選手権秋田大会準々決勝 西目-秋田中央 (こまちスタジアム) は、西目が第2シードの秋田中央を9回サヨナラで下して4年ぶりのベスト4進出。試合は、初回に先制した西目が9回に逆転を許したが、土壇場に代打の切り札村上智弥 (3、矢島) の一打で再逆転。土砂降りの雨の中のまさに泥んこまみれの一戦、ボールが途中で止まっていました。長い観戦歴の中でも数本の指に入る雨中泥まみれの激戦 (農業高校が前身の西目に一日の長?)。[西目投手継投] 六平→山崎、[秋田中央投手継投] 叶谷→佐藤快→大友→本山。 <秋田中央先発オーダー> [左]坂本光紀(3、城東)、[三]本山裕太(3、外旭川)、[中]○佐藤良介(3、山王)、[右]高橋大博(3、城東)、[一]下釜洸澄(3、飯島)、[捕]安藤弥(2、城南)、[二]佐藤晟人(2、秋大付)、[投]叶谷幸太郎(3、山王)、[遊]嵯峨智仁(1、男鹿東)、佐藤快(3、泉)、齊藤和(3、八郎潟)、大友皓喬(2、御野場)、川村聡太(3、泉)、冨田克明(2、協和)、工藤慶亮(2、秋大付)、谷藤圭太(2、鷹巣)、須田博典(3、泉)、安藤正純(2、秋田西)、佐藤拓(1、土崎)、富樫貴政(3、秋田北)、[責]和田史穂、[監]桑原康成、[記]加藤友晃(2、将軍野)。<西目先発オーダー> [遊]○須田雄人(3、仁賀保)、[二]佐藤匠(3、鳥海)、[三]高橋健斗(3、岩城)、[中]山崎健斗(3、象潟)、[一]池田翼(3、岩城)、[左]佐々木光(2、由利)、[捕]高橋茂臣(3、鳥海)、[右]菊地幸寿(3、象潟)、[投]六平希(2、仁賀保)、佐藤勇汰(3、金浦)、高橋健太郎(3、鳥海)、平元大輔(3、出羽)、武藤雄也(3、岩城)、渡辺慎吾(2、西目)、伊藤賢吾(2、象潟)、三浦祐輔(2、矢島)、佐々木翔弥(3、出羽)、柳田潤生(3、大内)、村上智弥(3、矢島)、三浦泰史(1、矢島)、[責]沼澤優、[監]石川聡、[記]小番瑞綺(3、矢島)。

記憶残る試合 / 1999(平成11年)全日本少年軟式野球大会決勝 Akita中クラブ。

chuugakusenbatu1999 (平成11年) に横浜スタジアムで行われた第16回全日本少年軟式野球大会決勝、Akita中ク (秋田県選抜) は鹿島東部中ク (佐賀県) と対戦し、2度の満塁好機を得点に結びつけることができず、2-5で敗れ準優勝。当時の紙面は 「悔しさよりも充実感」 と紹介、大会4連投 菅原健太 投手 (羽城→金足農) も 「決勝は精神的な疲れが出て、納得のいくピッチングがではなかったが、ここでプレーできたことが一番うれしい。少しは自信がついた」 と語っている。大会初期の頃は、夏県大会予選で敗れた学校が単独チームで出場していたが、その後は Akita中ク (全県少年野球大会に出場できなかったチームから選抜) として大会に出場。<Akita中クラブ / 決勝戦先発> [遊]幸村義仁(3、羽城)、[左]藤原央雅(3、大館一)、[中]堀内誠(3、田代)、[捕]松橋隆普実(3、尾去沢)、[右]熊谷勇兵(3、秋田西)、[一]手塚隼也(3、大曲)、[三]竹村優児(3、大曲)、[二]工藤壮史(3、城東)、[投]菅原健太(3、羽城)。板垣守(3、由利)、成田翔(3、藤里)、篠田陽介(3、本荘北)、佐藤裕太(3、雄物川)、菊地稔(3、能代東)、阿部真也(3、皆瀬)、武田将貴(3、男鹿中)、荒川翔太郎(3、将軍野)、田中泰貴(3、琴丘)、阿部敏充(3、稲川)、遠藤勇樹(3、東由利)、[監]菊地俊博、[コ]松尾弘、小西正人、[マ]渡部鋼喜。

平成22年春秋田市内リーグ戦/秋田商 片岡元気投手 対金足農戦無安打無得点。

平成22年4月25日 春季秋田市内リーグ戦 (こまち)
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金足農 藤原和幸投手 (秋田北) も粘投

記憶に残る試合 / 木村優太投手 (ロッテ-東京ガス-経法大付) 高校最後の夏。

huzoku甘いマスクが特徴の長身投手で、花輪二中時代すでに身長183cm。平成15年夏甲子園予選、第2シード秋田経法大付(古窪敬一監督)は、準々決勝(対平成戦)で1年生佐藤卓真(東京ガス、西仙北東)を先発、2番手菅原圭介(3、羽城)の後を受け、木村投手は急遽3番手で登板し、10奪三振を奪ったものの野手の失策も響きよもやの3-6で敗戦。平成高校は快心の勝利、それとは対照的に秋田経法大付は全てにカラ回りの状態で、チーム全体がリズムにうまく乗れない時の歯がゆさ、苦しさを肌で感じた試合だった。ドラフト候補木村雄太投手(左左、189/77)の最後の夏は想定外の消化不良のままで終わった。(秋田県北部花輪地区から好投手多数輩出)。<平成15年夏 秋田経法大付登録選手> [投]木村雄太(3、花輪二)、[捕]今野福太郎(2、本荘南)、[一]○川北篤志(3、金浦)、[二]小笠原和也(3、十和田)、[三]斉藤祐太(3、羽後)、[遊]阿部隆雄(3、能代二)、[左]菅原慧(3、秋大付)、[中]高橋純(2、塩釜一)、[右]佐藤大(3、泉)、菅原圭介(3、羽城)、高橋洋大(3御野場)、田中雄也(3、二ツ井)、長谷川一斗(2、桜)、佐久間努(2、中山)、鈴木康太(2、多賀城)、餅祐介(1、多賀城二)、浅沼俊晃(3、大潟)、佐藤卓真(1、西仙北東)、工藤勝秋(1、能代二)、佐藤裕平(2、大曲)。

記憶に残る試合 / 木村優太投手 (ロッテ-東京ガス-経法大付) 高校最後の夏。

左 / 菅原圭介投手 (3、羽城)、右 / 木村雄太投手 (3、花輪二)
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1970(昭和45年)八郎潟中 猛練習と高原・小野の2枚看板で掴んだ全県初優勝。

S45【2019.2.26】 南秋田郡八郎潟町は、小中併設校化 (20年度開設予定) に向けた八郎潟中学校舎改修に2億7319万円を計上。【2016.8.31】 平成28年第82回秋田県大会決勝 八郎潟 2-1 秋田北、八郎潟中46年ぶりの優勝。【2014.1.22】 昭和45年夏、八郎潟町立八郎潟中学校は、右上 / 高原宏と右横 / 小野巧の両主戦投手を擁して全県初制覇。県大会では、河辺に2-0、東能代に2-0、太田に6-0、決勝は大会前の優勝候補秋田西に3-2と準決勝以外は接戦だったが、地区予選はもっと苦戦した。地区予選決勝 (対天王) は、延長14回0-0の翌日再試合となり逆転で勝利するという薄氷を踏む予選突破だった。本格派高原投手 (右 / 右、昭和48年秋田高で甲子園出場) は、左足を高く上げトップでグラブと手が離れるフォームで、後年の高松直志投手 (左 / 左、能代) に先んずる特徴ある投球フォームだった。

1996(平成8年) 夏甲子園大会決勝 松山商-熊本工 矢野外野手のバックホーム。

1999(平成11年) 全国高校野球選手権秋田大会 決勝 秋田-鷹巣 八橋で再戦。

takata秋田市のさきがけ八橋球場で10月22日、1999年全国高校野球選手権秋田大会決勝を戦った秋田高と鷹巣高 (現秋田北鷹高) の当時のメンバーが再び戦う。当時秋田の監督だった小野巧さん(64)=同市泉、元県高野連会長=が、監督生活をスタートしたのが鷹巣だった縁もあり実現した。小野さんは 「印象深いあの試合のメンバーで再会できるのはうれしい」 と話している。小野さんは80年4月に鷹巣の監督に就任。創部当初は専用のグラウンドがなく、就任から2年ほどは近くの町営球場や公園、陸上競技場の芝生などで練習した。用具をリヤカーで運んでいたことから 「地域の方からはよく 『リヤカー野球部』 と言われていた」 と懐かしむ。平成11年夏熱球通信選出優秀選手 [投]成田壮伸(3、鷹巣-藤里)、[捕]平川祐毅(3、能代-能代二)、[一]村形厳征(3、鷹巣-合川)、[二]小西元気(3、秋田工-雄勝)、[三]佐々木嘉晃(3、秋田商-河辺)、[遊]小林正義(3、秋田-井川)、[外]高橋慶彦(3、秋田工-外旭川)、阿部雅之(2、秋田-東新潟)、斉藤昭徳(3、本荘-石沢)、[新]夏井一志(1、秋田商)、渡辺拓(1、本荘)、[候]鎌田修平(3、秋田)、三浦勉(3、秋田)、伊藤大悟(3、秋田商)、津谷知輝(3、鷹巣)、松田元樹(3、経法大付)、佐藤辰則(3、秋田工)、佐々木晋(3、秋田)、鈴木純一(2、秋田)、原慎平(3、鷹巣)、児玉公大(3、能代)、草薙拓也(2、角館)、高階隼(3、経法大付)、小田嶋拓也(2、秋田工)、高橋寿史(2、角館)、千葉裕徳(3、角館)、大川紘世(2、鷹巣)、畠山祐輔(2、経法大付)、山谷洋輔(3、能代)、佐藤誠(3、秋田工)、草薙慎二(3、角館)、門間良太(3、能代)、佐々木俊友(2、能代)、菊池直樹(2、経法大付)、阿部拓(2、経法大付)、高橋大蔵(3、鷹巣)、成田雄一(2、鷹巣)、畠山浩司(3、鷹巣)、小松慎(3、秋田)、川口昭仁(2、秋田工)。平成11年秋田さきがけスポーツベストナイン[投]佐藤晃(3、由利工)、成田壮伸(3、鷹巣)、三浦勉(3、秋田)、[捕]松田元樹(3、経法大付)、[一]村形厳征(3、鷹巣)、[二]小西元気(3、秋田工)、[三]千葉裕徳(3、鷹巣)、[遊]小林正義(3、秋田)、[外]高橋慶彦(3、秋田工)、鎌田修平(3、秋田)、柴田千諭(3、金足農)。

あきた高校野球群像 4 / 油断大敵 教訓を胸に 成田壮伸さん (鷹巣高-藤里中)。

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記録に残る試合 / 2001(平成13年)全国高校野球秋田大会1回戦 秋田-平成。

akitaheisei2001(平成13年)7月14日、秋田県立球場。この日、公式戦初スタメンの秋田高校小野康太選手(1、泉)が、1-1の同点で迎えた5回表 (先頭打者) に左翼席に本塁打を放ち、流れを秋田に呼び寄せた (8回にも2点本塁打)。試合は5回の小野の本塁打以降打線が火を噴き14-3で圧勝。試合後の父巧監督のコメントは 「康太の打撃を買って先発させたが、いいところで打ってくれた」。この試合は、点差はついたもののコールドゲームにはならなかったという珍しい試合、2本とも低めの球をうまくすいあげたきれいな放物線を描いた本塁打だった。対戦相手平成高校佐藤幸彦監督 (東京学芸大-秋田-城東) は高校時代に小野監督の指導を受けた。<秋田高校先発> [遊]手塚隼也(2、大曲)、[二]佐藤衛(3、金浦)、[右]佐藤雄太(3、土崎)、[一]伊藤潤(3、大内)、[捕]○猿田宏貴(3、土崎)、[投]佐々木英人(3、大曲)、[中]目黒悟(3、男鹿東)、[左]南賢治(3、土崎)、[三]小野康太(1、泉)、岡部雄太(3、秋大付)、齊藤文洋(3、秋田東)、浜田浩二(1、羽城))、加藤達徳(2、払戸)、酒井宏徳(3、秋田東)、石井健介(3、秋田東)、太田朋孝(3、泉)、佐々木圭太(1、泉)、成田大(1、二ツ井)、秋山英慶(3、飯島)、木曽丈志(3、秋田東)、[責]小林正人、[監]小野巧、[記]泉徳人(3、大曲)。

記録に残る試合 / 2007(平成19年) 秋田わか杉国体(硬式) 金足農-佐賀北。

133242kokutai2007年夏の甲子園で優勝した佐賀北が、当時のエース久保貴大監督 (30) の下で5年ぶり5度目の甲子園出場。【2019.3.22】07年佐賀北の3番打者として、決勝で逆転満塁弾を放った副島浩史・唐津工監督 (29) が3月21日、佐賀ブルースタジアムで行われた九州高校野球佐賀大会1回戦で致遠館と対戦し、7-5で勝利した。昨年11月、副部長から監督に就任。一時勤めた佐賀銀行を退職してまで監督として高校野球の舞台に立った 「がばい男」 が、公式戦デビューを白星で飾った。【2018.6.22】第100回全国高校野球選手権佐賀大会。「がばい旋風」で2007年夏の甲子園優勝を果たした佐賀北のメンバーは、決勝で逆転満塁弾を放った副島浩史選手は唐津工副部長、エース久保貴大選手は母校佐賀北監督、真崎貴史マネジャーは杵島商監督。【2015.4.10】第62回国民体育大会高等学校野球(硬式)競技会(公開競技)、2007(平成19年)10月7日、こまちスタジアム、2回戦金足農-佐賀北。金足農が夏の甲子園覇者佐賀北(佐賀)に挑んだ一戦。試合は、先行した佐賀北を金足農が終盤7回に1点を返し詰め寄ったものの結局1-2で敗戦。天候に恵まれ観戦日和、金足農全校応援、完全ホームゲームで球場盛り上がる。金足農高橋健介投手完投。<秋田県立金足農業高校登録選手> [投]今野陽介(3、南外)、[捕]武田政宗(3、男鹿南)、[一]門間裕匡(3、羽城)、[二]山田大輔(3、八郎潟)、[三]須藤甲成(3、能代二)、[遊]○浅野高馬(3、井川)、[左]櫻庭啓修(3、山王)、[中]佐藤弘典(3、鳥海)、[右]佐藤龍(3、潟西)、栗木拓哉(3、秋田北)、高橋健介(2、井川)、齊藤竜也(2、将軍野)、高寺大介(3、南外)、船木拓美(3、男鹿南)、舩木敬弘(3、秋田東)、小松宏之(2、南外)。
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