★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

熱球通信は、秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログで、記録等については公式なものではありません。リンク等オールフリーですので事前のメール等一切不要です。、更新頻度は原則毎日ですが、秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していますので、内容等一部については地元情報より遅れる場合があります。練習試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

2015年02月

楽天イーグルス 「東北ろっけん活動」 秋田県担当は藤田一也内野手(32)。

rakuten楽天は2015(平成27年)2月24日、地域密着を目指し行っている 「東北ろっけん活動」 を進化させ、選手を東北6県のチームに振り分けて、球団職員と一緒に東北を盛り上げる活動を行うと発表。「ろっけんイーグルス」 と銘打たれ、松井稼頭央外野手(青森県)、藤田一也内野手(秋田県)、銀次内野手(岩手県)、則本昂大投手(山形県)、岡島豪郎外野手(宮城県)、嶋基宏捕手(福島県)が各県のリーダーを務める。またコボスタ宮城を各県ごとの6つのエリアに分割、「東北ろっけんエリア」 として、各県担当の選手と職員が話し合い、サービスを考案していく。

大輪よ咲け’15センバツ大曲工/13 誇り持ちプレーを OB中邑裕也さん(26)。 

nakamura<毎日新聞2015年02月26日地方版> 例年よりも、母校の応援に力が入る。センバツに出場するから、だけではない。自分の背中を見て大曲工野球部に入ったおいの活躍が楽しみだからだ。中邑裕也さん(26)は、2006年春に野球部が初めて県大会優勝を果たしたときのエース。自身は手が届かなかった甲子園切符を手にした後輩たちに 「勝ってほしい」 と心底願っている。中邑一生選手(2年)は兄の長男にあたる。昨年秋の大会では右翼手。打力があり、五番打者としてクリーンアップの一角を担っていた。9歳年下の一生選手は、大曲工時代の自分に憧れて野球を始め、そして後を追うようにして入部したのだという。「甲子園に出るのだから、もう自分を超えたと思う。誇りを持ってプレーをしてもらいたい」 と望む。中邑さん自身は阿部大樹監督の勧めもあって日本大に進み、硬式野球部に所属した。卒業後は地元に戻り、社会人として猿田興業軟式野球部で野球を続けている。今も母校の試合を足しげく観戦する。「やっぱり、雪国でもやれるんだという姿を見せてほしい。そして、大工(だいこう)(大曲工)の名を全国にとどろかせてほしい」【中村俊甫】

2014(平成26年)第80回秋田県少年野球大会地区大会出場119校地区割内訳。

大館/本荘由利地区校統合、大仙2区8校/大仙3区4校等地区予選方式検討要
2014waku

大輪よ咲け’15センバツ大曲工/12 阿部監督の背中追い OB佐藤将隆さん(35)。 

masataka<毎日新聞2015年02月25日地方版> 「甲子園でしか学べないことがある。練習で積み重ねた成果を発揮して」。大曲工(大工)野球部OBとして、そして、母校の教壇に立つ教育者として、大舞台に挑む生徒たちにエールを送る。強豪校にあこがれて大工に進学し、高1の秋、現在の阿部大樹監督が就任した。中学時代は投手だったが、阿部監督の勧めで外野手に転向。大工野球部史上初の、秋季東北大会進出に攻守で貢献した。「阿部先生は、レギュラーも補欠も関係なく一生懸命教えてくれた。授業も、前向きな言葉がたくさん出てくるので楽しかった」と振り返る。温かく、時に厳しい指導にあこがれ、高3のころには阿部監督の背中を追いかけるように、工業高教員を志す。猛勉強の末、八戸工大に合格。卒業後、臨時講師として県南の公立高に勤務し、横手清陵では野球部コーチと監督を計7年務めた。そして大工の臨時講師に転身した昨夏、教員採用試験に合格した。実に12回目の挑戦だった。今は野球部の指導に携わってはいないが、「阿部先生の存在が自分の原点。いつの日か、一緒に野球の指導ができると思うだけでわくわくする」。後輩たちには、「就任20年目の阿部先生に、“甲子園1勝”をプレゼントを」。阿部監督の口癖「日々の積み重ねが大事」 を実践し大舞台をつかみとったナインに、「大観衆の前でも、正々堂々と自信を持って普段着のプレーをしてほしい」 と願う。それが、大工野球部の伝統になり、選手の今後の人生に役立つ、と信じている。【中村俊甫】

大輪よ咲け’15センバツ大曲工/11 辛抱強さ、仕事にも OB三浦正夫さん(47)。

daiku<毎日新聞2015年02月23日地方版> 「阿部大樹監督は甲子園への思いを強く持ってよく頑張ってくれた」。センバツへの出場が決まった1月23日は、グラウンドに集まったOBや同窓生と喜びを分かち合った。昨年秋の東北大会では佐々木千代志元監督と仙台市や宮城県石巻市に向かい、スタンドから準優勝の瞬間を見届けた。野球部ではレギュラーで一塁を守ったが、3年生の夏は1回戦敗退。卒業し東京の専門学校に進学してからも、野球部への関心は薄れなかった。家業の 「大曲舗装」 を継ぎ、1996年秋の東北大会を観戦して以来、春・夏・秋の公式戦はほとんど現地で応援している。野球部との縁はOBとしてだけではない。3年前には、内野の水はけが良くなるように、地中に水はけ用の水道管を埋める工事を実施。「現役の頃は、赤茶色のほこりが舞って大変だった。運良く落札できたので、採算を度外視してやったよ」 夏休みには毎年、インターンシップとして電気科の野球部の生徒を受け入れている。「昨年は4人が来てくれた。野球で鍛えた辛抱強さは仕事にも生きると思う」。現在は4人の野球部OBが勤務している。長男の健太郎さん(20)は秋田商で主将として3年前の夏の甲子園に出場し、初戦突破した。それでも母校の創部52年目での甲子園初出場は格別な思いだ。「東北大会は土壇場で勝ってくれて頼もしかった。センバツでは初出場らしく、礼儀正しくはつらつとしてほしい。そしてプレーそれ以前の、人としての姿勢が、すばらしいとほめられればうれしい」。初戦突破を願っている。【中村俊甫】 <昭和60年夏大曲工業高校登録選手> [投]鈴木直弥(3、大曲南)、[捕]黒田守(3、刈和野)、[一]三浦正夫(3、右右、181/76、大曲)、[二]○佐藤靖彦(3、中仙)、[三]栗林信也(3、千畑)、[遊]佐々木輝雄(3、大曲西)、[左]戸掘龍誠(3、中仙)、[中]佐々木智弘(3、刈和野)、[右]田口実(3、大曲西)、高橋透(3、仙北)、齋藤環(2、平和)、高橋真一(3、大田)、齋藤正稔(3、大曲)、村上照人(3、大曲)、佐々木光治(3、土川)、戸島浩樹(2、刈和野)、村上満(2、中仙)、[部]村上美智夫、[監]佐々木千代志。

2015(平成27年)4月 秋田県大館市北部 大館二、花岡、矢立の3中学校統合→北陽中学校。

hokuyou花岡中生徒会企画による閉校集会開催、同校は3月8日卒業式、同22日閉校式を予定。主なOBに高山郁夫投手。【2014.6.24】<平成26年夏大館二中登録3年生> 大坂谷佳輝、谷地森仁、須合優、○佐々木拓磨、小納綾斗、齋藤海斗、若松稜也、木村樹、畠山晴也、高清水凱也、三浦亮介、斗沢陸。<平成26年夏花岡中登録3年生> ○鳥潟優歩、山本玲太朗、小坂渉太。<平成26年夏矢立中登録3年生> 佐々木勝哉、○小林伸太郎、小林佳太郎。【2013.3.23】秋田県大館市教育委員会は大館市北部の大館二(大館北秋田2区)、花岡(大館北秋田1区)、矢立(大館北秋田2区)の3中学校を統合して2015(平成27年)4月に新設校を開校する予定。最終候補の校名は、北陽大館北北凰 翔北。

「ブログ:ベストナインシリーズ」 選出 秋田市立秋田商業高校歴代ベストナイン 。

akishouhttp://ameblo.jp/yamabiko1228/entry-11840391185.html ・(投手) 佐藤徳治、赤根谷飛雄太郎、嵯峨健四郎、三平晴樹、佐々木吉郎、石戸四六、今川敬三、吉成昭三、池田昭、山岡政志、安保浩幸、高山郁夫、水沢薫、石川雅規、佐藤剛士、佐藤洋。 石川雅規で。 ・(捕手) 成田光弘、太田直。太田直で。 ・(一塁手) 栗橋五郎、熊谷和秋、吉田良、佐々木弘史。 吉田良で。 ・(二塁手) 鈴木弘で。 ・(三塁手 )谷真克で。 ・(遊撃手) 麻生真で。 ・(外野手)武藤一邦、畠山哲人、佐藤康二、熊谷豪、田村彰啓、小山田聡太、浅野友人。 武藤一邦熊谷豪小山田聡太で。 打順は、 (中)熊谷豪 -(遊)麻生真- (一)吉田良- (右)武藤一邦- (左)小山田聡太- (三)谷真克-(捕)太田直- (二)鈴木弘- (投)石川雅規、 (監)今川敬三

2014(平成26年度) 秋田県由利本荘市スポーツ賞 <奨励賞(団体)、軟式野球>。

軟式野球 / 鶴舞野球スポーツ少年団・矢島野球スポーツ少年団

躍進’15センバツ大曲工 苦節半世紀/5 合言葉は 「監督を男に」 元主将佐藤慎吾さん(26)。

2006daiku<平成26年度猿田興業株式会社登録選手、秋田県軟式野球連盟強化Aランク指定> 渡辺拓(監、選手兼)、○小松大樹、滝沢英之、伊藤智史、川田貴明、中邑裕也、伊藤樹希、佐藤光聡、関健太、安東尚輝、船木正弘、加藤幹康、佐藤慎吾、石山祐介、工藤和貴、山崎健斗、門脇佑真、佐藤裕貴、豊巻和将、[責]中村育馬。<毎日新聞2015年02月17日地方版>−−2006年春の県大会で優勝した当時の主将だ。県覇者となったのは夏、秋の大会も含めて初めて。野球部の創部から44年目のことだった。 この年のセンバツで8強入りした秋田商を準々決勝で破った。まさか優勝できるとは思わなかった。でも夏は8強止まり。今にして思えば、どこかしらおごりがあったのかもしれない。悔しかった。だから、センバツ決定はうれしかったな。自分のことのようにね。−−阿部大樹監督の下、チームは着実に力を付けていった。一人一人の選手をよく見ているな、と感じていた。どうすれば活躍できるか、チームが強くなるか、という視点で。1年の時、先生の指示で左打ちに転向した。体格で劣る分、足を生かすためだった。選手としての可能性を広げてもらった。主将になったのも先生の一声。予想外の人選だったが 「お前の真面目さでチームを引っ張ってくれ」 と言われた。とにかく、みんな阿部先生を慕い、尊敬していたんじゃないかな。「先生を男にしよう」 が合言葉だった。−−阿部監督は、部員たちの就職の面倒もしっかり見ている。真摯に物事に取り組む姿勢やあいさつを徹底させる指導は、企業側からも信頼を得ていると聞く。自分も 「野球を続けたい」 と相談したら、軟式野球の県内強豪チームでもある猿田興業を勧められた。無事就職し、13年には県大会で優勝した。今の目標は全国大会出場。本当に良かった。−−OBになっても阿部監督、野球部との付き合いは続く。阿部先生とは何度か食事に行かせてもらったし、部の同期で共に猿田興業で野球を続けている中邑(裕也投手)と一緒に部活にも顔を出す。毎年公式試合は見に行っている。昨年夏に甲子園出場を逃した後は、本当に悔しそうな顔をしていた。選手時代は知らない一面。自分を律していたんだと思う。−−甲子園に挑む後輩たちにエールを。自分たちの頃は東北大会で緊張してうまくプレーができなかった。でも、今のチームは普段通りの力を出し、結果を残した。そもそもの実力も着実にアップしている。今までの全OBが夢に見た舞台でプレーできるのは幸せなこと。みんな、悔いのないようにプレーをしてほしい。【聞き手・中村俊甫】

秋田県大仙市 「広報だいせん だいせん日和 平成27年2月号」 表紙-大曲工野球部。

大仙市は大曲工業高校の選抜高校野球大会出場に伴う同校への補助金1千万円計上

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秋田市土崎郵便局 年賀状仕分けに感謝 秋田西高校野球部に硬式ボール贈呈。

akitanisi秋田市土崎郵便局は2015(平成27年)2月12日、年末年始の繁忙期に部員全員で年賀状仕分けのアルバイトをした秋田県立秋田西高校野球部(竹中涼将主将)に感謝状と練習用硬式ボール1ダース贈呈。<平成26年秋季地区大会 秋田西高校 登録選手[投]田口駿介(2、大潟)、[捕]天野希一(2、天王)、[一]羽川大希(1、土崎)、[二]鎌田尚樹(2、天王)、[三]菅原淳(2、秋田北)、[遊]伊藤圭汰(1、土崎)、[左]平岡奨(2、天王南)、[中]○竹中涼将(2、土崎)、[右]鈴木大雅(2、羽城)、鈴木啓太(2、土崎)、樋渡奈瑠人(1、羽城)、松田廉(2、下北手)、武田匠平(2、男鹿東)、佐藤哲徳(2、男鹿南)、保坂凌(2、飯島)、舘岡佑一(1、羽城)、伊藤李綺(1、天王南)、佐々木幸太(1、大潟)、白鳥絢也(1、飯島)、安田挙斗(1、天王)、[責]高橋学、[監]高田環樹、[記]深井紗那。

甦る最初の甲子園第1回大会 100年の時を超え出場10校のOBが集結(12/19~)。

akita<スポーツ紙他配信> 2015(平成27年)12月19、20日の両日、阪神甲子園球場で第1回大会に出場した10校のOBが参加し 「全国高等学校野球100周年記念大会」 が開催」されることに。1915(大正4年)8月 「全国中等学校優勝野球大会」 として豊中グラウンドで始まってから今年で100年。数々の名勝負、名選手を生み出し、国民的スポーツとして圧倒的な支持を受け続けてきた高校野球。今春のセンバツ大会では 野球の生みの親とも言える正岡子規が在学した愛媛松山東が21世紀枠で82年ぶりに出場を決め、話題を呼んでいる。当時行われた 「第1回全国中等学校優勝野球大会」 (豊中グラウンド)に出場したのは、優勝した京都二中など計10校。この中で 「第1回以来全国大会に出場していない2校」 の宇治山田OBと国泰寺OBが広島市民球場最後の年となった2008年に同球場で親睦を兼ねて対戦、さらに10年に三重県伊勢市の倉田山球場で2度目の交流試合を行った。ここから 「100年目にビッグイベントを!!」 の機運が生まれた。昨年11月16日に秋田を除く9校の代表者が甲子園球場に参集して初めての会議を開き、大会名を 『全国高等学校野球100周年記念大会』 (主催=第一回全国中等学校優勝野球大会に出場した10校の野球部OB会)に決定。開催日は12月19、20日で、100年前と同じ対戦カードで計5試合を行う。また、使用するユニホームも当時のものを再現する予定で、ほぼ全校のデザインが出来上がっている。) ※第1回全国中等学校優勝野球大会、全国9地区の予選に参加した73校の中から勝ち上がった 秋田中(現秋田)、京都二中(現鳥羽)、三重四中(宇治山田中、現宇治山田)、和歌山中(現桐蔭)、神戸二中(現兵庫)、鳥取中(現鳥取西)、広島中(現国泰寺)、高松中(現高松)、久留米商の9校と、春の東京都下大会で優勝した早稲田実の計10校が参加。

躍進’15センバツ大曲工 苦節半世紀/3 雪上ラグビーで体力向上 OB高橋昇さん(60)。 

1972昭和47年夏第54回大会 2回戦大曲工4-1大館鳳鳴、3回戦大曲工7-4十和田、4回戦大曲工5-4横手、準決勝大曲工0-4金足農、秋田市立と金足農が西奥羽大会出場。−−野球部が初めて県4強入りした1972年当時のレギュラー。母校の甲子園出場を心待ちにしていた。 この10年ほど、ずっと期待していた。もしかして甲子園に手が届くんじゃないかって。ここまでなるとは夢にも思わなかった。めざましい伸びだと思う。−−70年に入学し、4強入りした時は3年生。部の創立から10年目だった。今使っている室内練習場はまだ無かったな。日が暮れるとベースランニングばっかりだった。午後7時過ぎには練習も終わり。冬は雪の上でラグビーをやって体力や走力を高めたもんだよ。守備位置はショート。捕球練習には特に力を入れていた。(コーチから途中で監督になった佐々木)千代志さんに1000本ノックみたいな厳しい練習をしてもらったな。−−佐々木さんは野球部の生え抜きで、年齢の近い監督だった。6歳年上。若くて、打撃投手をしてもなかなか打てなかった。足も速くてね。ぬるいプレーをするとわーっと怒鳴られたよ。 ぼくら3年は合わせて4人で、部員は20人ちょっと。勝てたのは後輩たちの力が大きかった。だからかな、若い指導者の下、チームワークはとても良かったと思う。−−卒業から40年余りが経っても、野球部が何かと気に掛かる。やっぱり母校だからね。娘が大曲の野球部でマネジャーをしていた時は参ったけど。今の阿部大樹監督はご近所さん。その縁もあって、夏の県大会なんかは応援に行く。勤務先の大曲エンパイヤホテルは、部のOB会や父母会の集まりでもよく使ってもらっている。みんなで 「センバツが無事に決まってほしい」 と話していたので、今回はほっとしたな。−−かつて在籍した頃と今のチームを比べて思うことは。比べられないよ。体格もパワーも全然違う。試合で打球の速さを見て驚いた。千代志さんはまだまだと言っているけれど。昔は中央地区の強豪校の打球に驚かされたけれども、今のチームは東北大会でも強豪校にまったく名前で負けていない。すごいことだよ。還暦を迎えたんだ。その節目のセンバツ出場。球場には絶対に行く。OBが大勢集まって、スタンドは同窓会状態だろう。勝って校歌を聞きたいね。【聞き手・中村俊甫】

人口40万人以上で春夏甲子園出場校が出ていない市は、八王子・松戸・横須賀。

zinkou<スポーツ紙他配信>人口40万人以上の市町村(東京23区を除く)で春夏甲子園出場校を出していないのは、八王子市(約56万人)・松戸市(約49万人)・横須賀市(約42万人)の3市。共通しているのは、リトル、シニアなど野球環境は充実しているが、大都市圏に隣接しているため、有望選手が流出するためか。[主な甲子園出場校] 横浜市-横浜、大阪市-上宮、名古屋市-中京大中京、札幌市-北海、神戸市-神港学園、福岡市-東福岡、川崎市-桐光学園、京都市-龍谷大平安、さいたま市-浦和学院、広島市-広陵、仙台市-東北、北九州市-九州国際大付、千葉市-千葉経済大付、堺市-三国丘、浜松市-浜松商、新潟市-日本文理、熊本市-熊本工、静岡市-静岡、相模原市-東海大相模、岡山市-関西、船橋市-市船橋、鹿児島市-鹿児島実、川口市-川口工、姫路市-東洋大姫路、宇都宮市-作新学院、松山市-松山商、東大阪市-近大付、倉敷市-倉敷商、西宮市-報徳学園、大分市-大分商、福山市-近大福山、市川市-千葉商大付、尼崎市-市尼崎、金沢市-星稜、長崎市-長崎商、高松市-高松商、町田市-日大三、豊田市-豊田大谷、藤沢市-日大藤沢、富山市-富山商、岐阜市-県岐阜商、枚方市-東海大仰星、宮崎市-宮崎商、柏市-柏陵、豊中市-履正社。

楽天球団が大学生・大学院生を対象とした 「データ分析コンテスト」 開催。

rakutenhttp://www.rakuteneagles.jp/news/detail/4778.html 楽天球団は、2015(平成27年)2月20~22日の3日間の日程で大学生と大学院生を対象とした 「データ分析コンテスト」 を開催。球界では異例の試みで、全国各地から113人の応募があり、その中から選ばれた24人が楽天Koboスタジアム宮城での同コンテストに参加する。近年、日本にも 「セイバーメトリクス」 を代表とするデータ分析の手法が浸透してきたが、参加者はその基礎知識を習得すると同時に、実際のプロ野球ビジネスの場でデータ分析を経験,最終日には、学生が1人ずつ分析の成果を発表する。テーマ例 「ホームランが出やすい打球の角度および速度に関する分析」 「天候とチーム勝敗との関係性に関する分析」。

躍進’15センバツ大曲工 苦節半世紀/2 有名校に負けまいと練習 3代目監督 佐々木千代志さん。

oomagarikou<毎日新聞2015年02月13日地方版>−−在任期間は歴代最長の23年。1971年から第3代監督を務めた。母校だし、やるからには少しでも長くとは思っていた。でも、まさかここまでできるとはね。皆さんに感謝しています。−−野球部創設2年目の64年に3期生として入学し、現役時代は投手として活躍した。歴代監督でも野球部OBは一人だけだ。新しい高校なら、すぐ試合に出られるかと思ってね。道具がなくて、手をしびれさせながら竹のバットで練習したのが懐かしいよ。監督になったのは、どうしても地元で野球がやりたかったから。一度は千葉で就職したけど、当時の時田二郎監督に頼んでコーチをさせてもらった。その後監督を継いだんだ。出身校の監督で良かったこと?選手と同じ目線で前に向かう気持ちを持てたことかな。有名校に負けまいと必死に練習したよ。−−就任2年目の夏に県4強入り。さっそく成果を出した。メンバーに恵まれたんだよ。実はその年、練習に来なかった主力選手を3人も辞めさせた。厳しくて、評判は良くなかったかもしれない。残念ながら、強豪校には小差で負けることが多かった。−−94年から4年間、横手工(現横手清陵)に移った。大曲工に戻ると阿部大樹監督が指導していた。阿部さんはぼくと入れ違いでコーチになり、監督に“昇格”した。その指導が軌道に乗り始めていたので、監督に戻りたいと思わなかった。でも手が回らないというので、指導を手伝うようになったんだ。5年前に退職してからも、ちょくちょくグラウンドには来ているよ。家も近くだし、気になってさ。そうそう、父親も大工(だいこう)(大曲工)野球部だった子が、気付いただけでこれまでに4人もいるんだ。うれしいよね。同じ大工、しかも野球部を選んでくれて。父親が嫌がったら、そうはならない。−−センバツ出場を決めた今のチームに思うことは。今のチームが強くなったのは、目標になる3年生がいたからだよ。甲子園に手が届きそうだった先輩たちから学んだところは大きい。体格は細いけれど、昨秋の東北大会の頃よりは一回り大きくなっているね。センバツは、一勝と言わず何度でも勝ってほしいよ。【聞き手・中村俊甫】

弘前市職員今関勝氏(44) 社会人野球クラブチーム 「弘前アレッズ」 監督就任。

aredshttp://hirosaki-areds.com/ 2015(平成27年)1月から青森県弘前市の職員になった今関勝さん(44、プロ野球元日本ハム投手、元楽天ジュニアヘッドコーチ)が2月9日、弘前市の社会人野球クラブチーム 「弘前アレッズ」 の監督に就任。弘前市職員として地元の野球振興、レベルアップが任務で、指導は無報酬で公務以外の時間に行う。今関新監督は、「弘前の野球をトップレベルにするにはいい場だと思った。目標は日本一、プロ選手の輩出、少年野球などの指導者の育成」 と話した。初采配は今年5月の都市対抗県予選になる見込み。<弘前アレッズ> 弘前市民や企業の支援を受けて活動する市民球団として2012(平成24年)1月に設立。球団名は青森、リンゴ(アップル)のアルファベット頭文字と1番の意味の 「A」 にチームカラーの赤 (RED) から。選手は弘前市を中心に、弘前学院聖愛、弘前などのOBで構成、現在15人。13年の全日本クラブ選手権に初出場(初戦敗退)。地域貢献活動も積極的に行っている。

躍進’15センバツ大曲工 苦節半世紀/1 何もかも手作りだった 2、4代目監督 時田二郎さん。 

oomagarikou<毎日新聞2015年02月12日地方版>−−1965年から6年間、第2代監督を務めた。定年退職する96年夏までの2年余りは再登板も。そして今の阿部大樹監督へとバトンタッチした。 今の阿部監督に全てをお任せしてから20年近く。勉強熱心だし、何事にも動じない姿勢も買っていたけど、まさかここまで強くなるなんて。想像もしていなかったよ。 −−着任したのは学校創立からも間もない頃。黎明期の野球部はどうだったか。部員は30人足らず。近くにある当時の強豪校、大曲農や大曲は練習試合すらしてくれなかった。最初は公式戦出場もままならなかったくらいだからね。今使っている野球場は自分たちが造ったんだ。最初あそこにあったのは魚釣りもできる沼だよ。雑草が生い茂っていたね。水を抜いて、整備して。ようやくグラウンドらしくなるまでに3年かかった。それでも日差しで地面がひび割れたな。−−20年余りを経て、第4代監督として舞い戻った。実は困惑したんだ。大曲工を出てからずっといた横手工(現横手清陵)から戻った。しかも、教え子で3代目の佐々木千代志監督と入れ替わる人事だよ。先々のことも考えて、当時コーチだった阿部さんに技術面の指導はお任せした。今も使っているバッティングゲージは、当時自作したものだよ。ちょっとでもいい環境を、と頑張った。そうそう、退職後に室内練習場のネットを手縫いで作ったな。工業高校にいると、自然に体が動くからね。−−ネットのことに限らず、その後もちょくちょく顔を出した。引退後も春・夏・秋の公式戦は大抵行っていたよ。佐々木さんと一緒に遠征バスに乗り込んでね。でも、2007年の夏にくも膜下出血で倒れてからは、グラウンドにはほとんど行かなくなった。甲子園に駆け付けるのは難しいかもしれないね。−−昔と今の野球部を比べて思うことは。最初の頃から比べれば、とても良い選手が集まるようになったし、何より礼儀正しいね。取り巻く大人たちが、「野球を通して人のために役立てる人間形成を」 と思うのは昔から一緒かな。今のチームには、甲子園に出しても恥ずかしくない実力と品格が備わっている。勝ってほしいね。【聞き手・中村俊甫】

2014(平成26年)第61回春季東北地区高等学校野球大会2回戦 大曲工-八戸工大一(八橋)。

20140606-2毎日新聞:大輪よ咲け ’15センバツ大曲工 / 8  「いつかは常連校に」 野球部・前主将、田代大智さん(18、楽天イーグルスジュニア2008、社会人野球JR東日本東北入社) 毎日新聞 【2014.6.06】2014(平成26年)第61回春季東北地区高等学校野球大会2回戦 大曲工-八戸工大一(八橋)。<大曲工> [右]武田龍成(2、大曲西)-[二]鈴木健太(3、横手南)-[中]○田代大智(3、右右、175/77、大曲)-[一]高橋康太(3、太田)-[三]飯塚翔太(3、太田)-[左]中邑一生(2、大曲西)-[捕]三浦昌也(3、太田)-[投]佐々木貴弘(右、3、西仙北東)-[遊]赤川駿(2、金沢)。<八戸工大一> [中]舘坂佳樹(2)-[遊]川村多祐(3)-[左]○荒屋汰樹(3)-[三]井上貴喜(3)-[捕]円子湧士(2)-[二]金澤鮮也(3)-[右]野村勇太(3)-[一]渡邊駿介(2)-[投]内沢航大(右、2)。

洲崎球場のポール際 プロ野球の 「聖地」 に輝いた一瞬の光(森田創、講談社)。

suzaki洲崎球場のポール際 プロ野球の 「聖地」 に輝いた一瞬の光 (森田創著、講談社)。東京下町、戦前は遊郭で賑わった洲崎にプロ野球専用の球場ができたのは、昭和11(1936)年のこと。沢村栄治がノーヒットノーランを演じ、伝統の巨人阪神戦がここではじまった。しかし、わずか1年後の昭和12年にできた後楽園球場にその場を奪われ球史から消えてゆく。2014年は、巨人が誕生してから80年、来年は阪神がそれに続く。 「悲劇の球場」 の詳細を野球少年だった著者が丹念な調査のもと蘇らせる。講談社HP  洲崎球場は、かつて東京都江東区新砂一丁目付近に所在した木造の野球場で、1036年に開場。日本プロ野球草創期に上井草球場と共に東京地区のプロ野球常打ち球場の一つとなっていた。

〝球春まで待てない〟大館リトルシニア 実戦勘保ち続けるため蛍光球使用してノック。

hanaoka<北鹿新聞紹介> 秋田県大館市の硬式野球チーム大館リトルシニアが、今冬初めて蛍光色の球を練習に取り入れた。ノックなどで実線勘を保ち続け、球春到来を待ちわびている。旧大館商業高校グランド平成28年度開校の統合高校建設のため、土・日曜の練習場所を昨年3月から花岡球場に変更。市や市体協の協力を得ながら、冬季も利用している。昨冬までのオフシーズンは白色球を使い外野ノックなどを練習。真っ白な地面、曇り空では 「球の行方がとらえにくく、危険性が高かった」 と奥村渉監督。加えて一度見失った球を発見するのは難しく、雪解けを待つしかなかったという。改善のため雨天練習用の防水加工された「レインボール」120球を購入、緑色の塗料をマネジャー2人がハケで塗り、今冬から練習に取り入れた。(中略) 近い大会は3月下旬のドームカップ少年硬式野球大会(大館樹海ドーム)。柳原蒼来主将(比内中2年)は 「昨秋のチーム結成から、団結力や体づくりに磨きがかかってきた。実戦練習に努め、万全の状態で春を迎えたい」 と話した。チームは随時新規メンバーを募集している、問い合わせは事務局 090-3368-8027。

<毎日新聞紹介> トレーニングルーム経営 川村正伸さん(36、大曲工-仙南)。

h8-1-18http://koshien.mainichi.jp/senbatsu/news/20150207ddlk05050028000c.html 平成7年秋新チーム結成時に阿部大樹コーチが新監督に就任。<平成8年夏 大曲工 登録選手、54名[投]後松重栄(2、千畑)、[捕]○進藤達也(3、西仙北西)、[一]高橋智也(3、千畑)、[二]佐藤誉(3、大曲)、[三]川村正伸(3、右右、167/66、仙南)、[遊]高橋洋樹(3、六郷)、[左]佐藤将隆(2、仙南)、[中]富樫純平(3、大曲)、[右]高橋洋(3、神代)、佐藤宏(2、神代)、遠藤俊哉(3、大曲)、扇田貴文(3、六郷)、門脇孝幸(3、生保内)、鈴木成人(3、大曲)、土井将史(3、鷹巣)、佐藤祐光(1、田代)、柴田千敏(3、西仙北西)、佐藤庸平(3、大曲)、[部]伊藤寛雄、[監]阿部大樹、[記]佐藤大輔(2、仙北)。

秋田県山本郡八峰町 老朽化進行の峰浜野球場(旧峰浜村)の大規模改修まもなく完了。

minehama工期2014.11.07~2015.3.20、工事内容-ストライクなどの 「SBO」 表示を国際基準の 「BSO」 に変えるスコアボードの改修、バックネット裏へのカウントシグナルの新設、スタンドのコンクリート席への繊維強化プラスチック制ベンチの設置、本部室の補修、物置小屋前お手洗いい場の新設、一塁側駐車場の舗装など。【2014.7.05】秋田県山本郡八峰町は今年度、老朽化が進行してきた峰浜野球場の大規模改修を計画。平成29年度に予定されている社会人軟式野球全国大会開催も見据え、八峰町内外の野球愛好者に快適な環境で試合に臨んでもらう考えで、スコアボードやスタンド席の改修など大規模改修に取り組む。年度内の完成を目指し10月頃着工する方針で、関係事業費およそ5300万円を盛り込んだ今年度一般会計補正予算案を、6月25日招集する6月定例議会に提出。

<毎日新聞紹介> 社会人野球JR秋田 佐々木浩晃外野手(24、大曲工-仙南)。

daikuhttp://koshien.mainichi.jp/senbatsu/news/20150206ddlk05050223000c.html <平成20年夏 大曲工業 登録選手、76名[投]伊藤将太郎(3、大曲南)、[捕]○佐々木浩晃(3、右右、178/84、仙南)、[一]伊賀翔平(2、中仙)、[二]越後悠馬(3、大曲)、[三]板垣敬太(3、大曲)、[遊]伊藤駿平(3、西明寺)、[左]鶴谷武憲(3、仙南)、[中]門脇佑真(2、西明寺)、[右]佐藤享典(3、南外)、藤原利樹(3、西仙北東)、伊藤翼(3、南外)、荒木田竜之(2、生保内)、佐々木智康(3、大曲)、高橋楠扶(2、六郷)、田口友也(2、生保内)、鶴谷岳志(1、大曲)、高橋航介(3、神代)、藤岡孝郁(3、六郷)、田中太地(2、桧木内)、大釜一也(3、仙北)、[部]斉藤正稔、[監]阿部大樹、[記]太田友和(3、西仙北東)。

春夏通じて甲子園初出場 大曲工野球部 佐々木智幸コーチ(23、大曲-太田)。

daiku<平成20年夏 大曲高校 登録選手、61名[投]西村昇馬(3、大曲南)、[捕]佐々木俊宏(2、南外)、[一]佐藤秀平(2、西仙北西)、[二]○遠藤拓郎(3、協和)、[三]関将和(3、西仙北西)、[遊]佐藤亮(3、仙南)、[左]田口翔平(3、生保内)、[中]長澤克重(3、太田)、[右]野藤陽山(2、大曲南)、加藤孝仁(2、協和)、佐藤滉大(3、大曲)、今野元貴(3、南外)、豊島大樹(3、協和)、伊藤弘己(2、大曲南)、明野悠樹(3、大曲南)、武藤修平(2、千畑)、藤田浩士(3、大曲)、田口雄斗(2、桧木内)、丹波俊和(3、大森)、佐々木智幸(3、右右、180/74、太田)、[部]高橋学、[監]太田弘史、[記]田中幹二(2、太田)。

2015(平成27年) 第87回選抜高校野球大会展望号(3/21~、阪神甲子園球場)。

201587

北東北大学リーグ1部 青森大学に甲子園球児4人含め有望高校生全国から多数進学。

aomori<日刊スポーツ他配信> 北東北大学リーグの青森大学野球部新入生説明会が2015(平成27年)1月31日、青森市内の同大で開かれ、今春入学予定の新入部員はここ10年で最多の40人。甲子園球児4人など例年以上に有力選手がそろった。甲子園出場は和島光太郎捕手(弘前学院聖愛)、伊藤航外野手(盛岡大付)、菊池健人外野手(花巻東)、中尾有希捕手(箕島)の4人。ほかにも星野晃司投手(地球環境)、北村航太捕手(横浜創学館)ら各地の有力選手が集まった。岡本裕樹投手(関西中央)は184センチ、90キロの大型左腕。中学時代にNOMOジャパンに選ばれ、米国遠征の経験を持つ。「青森の雪にびっくり。1年生からレギュラーで投げたい。甲子園には行けなかったが、神宮に行って優勝したい」 と張り切る。和島は2年生の夏に甲子園でベスト16入り。「1年生から主力で試合に出たい。生活も高校以上に規則正しくしたい」。盛岡大付伊藤は昨夏の甲子園で、ソフトバンク入団の松本裕樹投手らとともに東海大相模を破った。「青森大の目標の全国優勝に貢献したい」 と闘志をみせた。
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