★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

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2010年01月

センバツ出場32校決定!(各地区大会成績&21世紀枠候補校)。


kkutiku21【1/29】東北大会、青森山田、光星学院戦勝利の本荘は東北地区上位補欠校。
【1/29】中国四国は広陵かも?いずれ発表楽しみです。
【1/28】北海道は北照、東北は秋田商盛岡大付、東京は帝京日大三、関東は東海大相模花咲徳栄東海大望洋前橋工、あるいは桐蔭学園が日大三に替わるか?大垣日大中京大中京高岡商敦賀気比神戸国際大付大阪桐蔭立命館宇治神港学園天理智弁和歌山開星関西治西高知、済美、嘉手納宮崎工自由が丘興南。以上独断と偏見による予想でした。【高野山】
【1/26】21世紀枠は、新潟向陽防府と予想?神宮枠は中京?微妙【高野山】
【12/18】21世紀、新潟向陽はほぼ確実視可。3校目は全くの横一線、希望的観測も入れて山形中央推。
【12/15】岡豊が漏れたのはやや意外か。
【12/15】21世紀枠候補9校発表。男鹿海洋は選から漏れる。

秋田県高校野球スーパーサブ列伝③

[秋田商]昭和59年、林泰治(生保内中、173/67)は小柄ながら力強い投球だった。昭和62年、長谷川千秋(土崎中、173/66)はJR東日本東北入りしてから大ブレイク、エースとなった。平成元年、近藤勉(山王中、185/78)は大型サウスポー。平成2年、主将工藤泰宏(大正寺中、174/70)は控ナンバーだった。平成3年、大型捕手として期待された宇野隆(外旭川中、179/83)はレギュラーに届かなかったがパワフルなバッティング記憶に残る。

[秋田中央]昭和62年、佐藤淳(秋大付中)は3番手ながら右の好投手。昭和63年、菅沼博明(大潟中、169/63)は小柄ながらキビキビした選手。平成2年、堀川浩之(秋田東中、168/59)は右の技巧派投手で全県中学準優勝。

[経法大付]昭和62年甲子園出場、捕手の控平林拓郎(越谷南、170/70)の安定したリードが目についた。昭和63年、三浦孝仁(秋大付中、182/72)は大型サウスポー。平成元年甲子園ベスト4、沼田満秋(城東中、174/66)は元レギュラー。

[秋田工]

秋田県高校野球スーパーサブ列伝②

[金足農]昭和63年、背番号7ながら2番手として登板していた大越久美(潟西中、176/73)、内野手として俊敏なプレーを見せた富岡善昌(下浜中、174/64)。平成2年、春センバツ出場、船木良明(秋田東中、179/79)は右大型本格派投手。平成3年、佐藤平(秋田北中、172/66)は元レギュラーで俊足打。

[秋田高]昭和62年、2年時にセンバツベンチ入りした佐藤秀一(協和、176/65)は東京育ちで投手に野手にユーテリティだった。昭和63年、珍田靖郎(秋大付、178/74)は先発マウンドにも立った右本格派。平成元年、春センバツ出場、山内崇章(雄和、171/61)の内野守備は印象深い。現NHKアナウンサーの伊藤慶太(秋大付、178/67)は右本格派で父は秋田商のエースだった。平成2年、高屋速人(河辺、178/63)は全県中学にも出場し投手兼野手。平成3年、夏甲子園出場、沢井直豊(城東、180/76)は大型内野手で他チームならレギュラークラスか?

[秋田中央]昭和62年、佐藤淳(秋大付)は3番手ながら右の好投手。昭和63年、菅沼博明(大潟中、169/63)は小柄ながらキビキビした選手。平成2年、堀川浩之(秋田東、168/59)は右の技巧派投手で全県中学準優勝。

秋田県高校野球スーパーサブ列伝①

昭和54年、秋田商エースは山岡政志(下浜中)、藤原博直(羽城中)も好投手だった。とありますが、昭和51年の誤りです。ので訂正願います。秋田商業は50年、51年と二年連続で甲子園出場しております。以上。ちなみに、卒業後の54年は高山投手が甲子園に行ったのではなかったでしょうか。【藤原博直】
前略。まずは甲子園組から年代別に。

昭和40年、秋田ベスト4の時の背番号1は左の鐙文行が付けていたが、2年生大久保正樹は1回戦大鉄、2回戦日大二戦でロングリリーフで好投している。

昭和46年、秋田市立高橋(範)がエースナンバーだが船木千代美がロングリリーフ。

昭和48年、秋田ファースト小野巧(八郎潟中)がエース高原宏(八郎潟中)をリリーフして好投。

昭和49年、秋田市立エースは石崎透(高清水中)だが、控の鷲谷亘(秋田北中)は他チームではエースだろう。

昭和54年、秋田商エースは山岡政志(下浜中)、藤原博直(羽城中)(※昭和51年の誤り)も好投手だった。

昭和55年、秋田商エースは高山郁夫(花岡中)、控は背番号1主将の安保(八幡平中)、今野、山本英樹(秋田南中)と多彩。

平成5年、経法大付は2年小野仁(泉中)がエース格、控には左の小島英人(泉)と右の小倉克芳(勝平)がいた。また捕手の西山純(西部中)と外野手多田勝(左近山中)は元レギュラー。

平成6年、秋田エースは今利浩(協和)、控の下手池田智(大正寺中)と上手松田真拓(八郎潟中)の両右腕は完投能力十分だった。新チーム秋のレギュラー大和田平(城南中)もスーパーサブだった。

平成7年、金足農ベスト8進出のエースナンバーは千葉純(勝平中)だったが、故障のため一塁佐藤慶和(合川中)がエース格で右の外野佐藤直人(勝平中)と加藤優貴(大潟中)も登板した。

平成8年春、秋田後藤光尊(八郎潟中)がエース、本格派神谷了(協和中)と技巧派森康隆(秋田南中)が控えた。三塁には控の2年伊藤元志(男鹿南中)が先発出場した。

同年夏、経法大付エース左腕金沢博和(花輪二中)の他に右の鎌田祐哉(秋田北中)。野手組では前の4番三浦怜也(神代中)もいた。

平成9年、秋田商エースは石川雅規(秋田北中)、サブで信田道輝(西仙北東中)、根元喬(稲川中)、1年の伊藤大吾(城東中)。

平成10年、金足農田口正也(河辺中)はエース左腕佐藤佑(城東中)に劣らないサウスポーだった。

巨人軍鬼の寮長武宮俊明氏逝去。

1月15日午後、急性膵炎のため逝去。88歳。

血は争えない?県内兄弟親子選手①。

こんにちは。「善裕は全県少年野球優勝投手。」とありますが由利中が優勝したときのエースは明裕さん(=弟)のほうです。【後輩@W大】めちゃローカルですが西滝沢-由利中-西目高校の兄弟といえば板垣政人(明裕さんと同期で中学時代に全県優勝メンバー)・和幸(西滝沢小・由利中・西目高校で主将)・守(中学ではAkita中ク、高校では平成14年秋田県アマチュア野球選手権のメンバー)の3兄弟も地元では有名かも。【前郷さん】 熱球通信平成11年4月号よりの再掲。[敬称略]

先ず印象深く思い出されるのが経法大付の杉本3兄弟(五里合中)、宗人・正人の双子は2年生時甲子園ベスト4のレギュラーメンバー。末弟公三も甲子園出場はならなかったが主軸打者として活躍。

秋田中央では川本3兄弟と熊谷3兄弟が有名。川本仁、弘、大(大曲西中)は全員高校1年時から活躍(弘、大は大学でも活躍)。熊谷雅和、秀二、直行(御野場中)もレギュラーで活躍。

兄弟で甲子園と言えば秋田の小林正人(秋大付中)と勇人(城東)2人とも甲子園でヒット。菅原勇輝、勇正(大潟中)も甲子園組で大学も一緒、お互い主軸として兄は甲子園で本塁打、弟もヒット。秋田には成川(大潟中)戸賀瀬(大内中)等兄弟選手が多い。

勝平中時代から注目選手だった兄秋田商千葉慎太郎と弟金足農千葉純、純は主将として4番として甲子園ベスト8に貢献。父も秋田工時代投手として甲子園ベンチ入り。

秋田西は双子の村井兄弟の他ベスト4佐藤孝也捕手とベスト8裕貴内野手(秋田北中)、本荘伊藤明裕、善裕(由利中)、善裕は全県少年野球優勝投手。【続く】
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